ベルリンから反戦反核メッセージソング“亡者”リリース

ベルリン在住のコントラバス奏者の安藤明氏がSayonara Nukes Berlinに捧げる楽曲「亡者」をリリースしました。

Mouja (亡者) :
https://akiraandoandthejaps.bandcamp.com/releases

現在、この曲の歌詞は日本語から韓国語、中国語、ドイツ語、フランス語に翻訳され、これからさらに翻訳の輪を広める予定です。
亡者(Mouja)日本語
망자(Mouja) Korean
亡者(Mouja)Chinese
亡者(Mouja)Deutsch
亡者(Môja)French
「亡者」をめぐるエピソード

安藤さんが私に初めて「亡者」のことを話してくれたのは、今年2018年の正月だった。「思いついてある歌を作曲したので、ぜひSayonara Nukes Berlinに捧げたいと思っています」とのうれしい言葉。そこで彼はギターを持ってきて、初めて弾き語りしてくれた。この時はまだジャズ風アレンジがなされていない、生まれたばかりのフォークソングのようだった。長い、難しい言葉はまったく使われてなく、短い表現でありながら明確なメッセージが出ている歌詞にも私は感激し、せっかくこんな素敵な歌を作ってくれたのだから、ぜひ今度のデモ(2018年のフクシマ7周年のベルリンでのデモ)でも発表したいですね、とあまり深く考えもせずに安藤さんに感想を述べたのだった。

そうしたら、その言葉を真剣に受け止め、それならと本当に3月12日に予定されているデモに間に合うよう、アレンジし、仲間のバンドと練習を重ね、録音までしてくれて、この「亡者」は出来上がったのだ。最初は「君は亡者」しかなかったのが、「僕は亡者」という歌詞も生まれた。私はこれはとても素晴らしいと思う。というのは、私たちのように反原発運動をしている人間は、原子力村の人たちだけを非難し、悪者にしてしまいがちだが、実は私たちは自分を特別扱いし、取り除くことはできないものだ。私たちは多かれ少なかれ、皆自分の利益だけを求め、他者を蔑ろにし、人の迷惑顧みず自分さえよければと行動するものだ。そして、自分は何もしてない、と思っている「普通の市民」たちにも、自分が選ばないまでも出来上がった政府の政策を受け入れ、やり放題にさせてきたということで十分責任はある。だから今の状況もある。広島長崎もしかり、フクシマに至ってはなおさらである。

安藤さんがSayonara Nukes Berlinにこの曲を捧げてくれたことに心から感謝するとともに、かなり「耳について離れない」この歌を歌いながら、これからも一緒に核エネルギーと核兵器を世界からなくしていくため、力を合わせていきたいと思う。安藤さん、ありがとう!

梶川ゆう


安藤さんからは以下のメッセージをいただきました。

ヒロシマ、ナガサキ、そしてフクシマを経験し、核の恐ろしさを最もよく知っているはずの日本が原発を止めようとしない。世界各国が原発を捨てていこうとしている今、その流れに逆らうように日本は一度停止した原発を再稼動し続けている。

原発がどれほど危険なものであるかを知りながら、それを見て見ぬ振りをして個人の利益を追求する“金の亡者”たちが存在するからである。“金の亡者”が“力の亡者”(政治家)と手を取り合って原発を続けていこうとしている日本である。

しかしながら、それらの貪欲な亡者たちに彼らのやりたい放題をする自由を与えているのは日本の国民であるということを忘れてはならない。政治に無関心な若者が増えていると聞くが、今や無関心であってはならない時であると思う。第二、第三のフクシマが起こるのは時間の問題である。

人間の制御出来る範囲をはるかに超えた危険な道具を地球上からなくすために、貪欲な亡者たちにブレーキをかけることが私たちの使命であると信じる。

2018年5月   安藤明


安藤明:

1955年10月5日、札幌にて出生。1970年代中期に慶応義塾大学のモダンジャズソサエティーでコントラバスを始め、金沢英明、大場影弘等の先輩達にJazzの基本を教わる。その後、池田芳夫に師事した後、藤原幹典(ts)、清水末寿(as)、渋谷毅(p)等と東京、横浜周辺のジャズクラブで演奏。1970年代の後半に大橋美加(voc.)のバンドに参加し、二村嘉一(p)、松尾明(dms)と共演。

1984年に渡米し、バークリーカレッジオブミュージックに入学、約2年の間Bruce Gurtz (bass)に師事する。1986年にニューヨークへ移住、Regie Workman、Cecil Mcbeeに師事する。その後Billy Bangと知り合い、彼のバンドにべーシストとして参加、オタワジャズフェスティバル、ヨーロッパツアー等で演奏。1980年代の中期にCecil Taylorのビッグバンド(Futongus)にチェロプレイヤーとして参加、ニューヨーク、サンフランシスコで演奏。その他、ニューヨーク在住中にWilliam Parker (bass)、Elliott Levin(ts, fl.)等と共演しレコーディングにも参加。

1998年ベルリンへ移住、Günter Sommer (dms)、Thomas Borgmann(ts, ss)、Willi Kellers (dms)、Floors Floridis (cl.)等のフリーインプロバイザーとドイツ、イタリア、オーストリア、オランダ、スロベニアで演奏。2015年にBoom Box (jazz trio)の一員として中国ツアーに参加。2013年にThe Japs (Butoh dancer を含むジャズバンド)を結成、ドイツ、ポーランドで演奏。ベルリンに移住して以来、Licht und Schatten、 Der sechste Sinn、Zwischen Himmel und Erde等のパフォーマンスを組織し、Werkstatt der Kulturen等のステージで公演。

福島の原発事故以来、活動内容に政治色が含まれるようになり、2014年と2016年にFukushima the aftermath というイベントを組織、公演する。

2014年以来Neuruppin の音楽学校で子供達にコントラバス、エレクトリックベースを教える。2016年10月小瀬泉と共に博多、糸島、八幡、飯田などの都市をめぐる日本ツアーを行い、波多江崇行 (g)、森田修史 (ts), 等と共演。

安藤明さんと共に「亡者」を演奏するバンド

The JAPS : http://aandjaps.wix.com/sitetop

 

 

 

2018年かざぐるまデモ 「核の鎖を断ち切ろう!」

今年のモットーを掲げた横断幕      写真©Uwe Hiksch

2018年3月11日は日曜となったため、今年は一日前の3月10日土曜日にベルリンにおけるフクシマ7周年のデモを、例年通りSayonara Nukes Berlin(以後SNB)がNaturFreundeAntiAtom Berlinと共催で開催した。今年は寒かったことと天気が崩れるのが心配されたこと、原発に関する市民の関心が薄れてきていることもあって、どれだけ動員できるか懸念されたが、400名ほどのベルリン市民が参加してくれた。動員数としては少なかったが、デモの最中だけ天気に恵まれ、デモが終わってから雨が降り出したので、ラッキーだったと言えよう。

ブランデンブルク門前に集合       写真©Uwe Hiksch

今年のデモでも準備を去年の11月ごろから始め、まずSNBの中で話し合ってから、モットーを決めた。フクシマの事故をきっかけに運動を始めたSNBだが、脱原発を決定したと言いながら、ドイツではまだ完全に脱原発は実現していないし、核分裂性物質の製造は変わらずに行われていること、北朝鮮の核実験やそれに対するトランプ米大統領の脅しなどから核の脅威がまた強まったこと、ウラン採掘による世界各地での環境汚染と人権蹂躙は相変わらず行われていること、死の灰の置き場、最終処分の問題はまったく解決されていないこと、そしてもちろん、日本ではフクシマ事故の後、まだその影響が続き、故郷を失った人がたくさんいる、甲状腺がんを始め健康被害もどんどん出始めているだけでなく、まだ汚染のひどい場所へ避難した住民を帰還させようとしている日本が、海外に原発を建設しようとしている、しかも国が信用保証を与えようとしていることなどから、単に脱原発を言うだけでなく、その核の鎖全体を断ち切っていかなければ事態は解決しないので、そのことをテーマに上げることに決めた。それで、この鎖のそれぞれの環に対して演説者を選ぼうということになった。

パフォーマンスに加わる人々 写真©矢嶋宰
「原子力と安倍は…」 写真©Uwe Hiksch
Stralentelex/放射線テレックスのThomas Dersee                 写真©矢嶋宰

演説者に選んだのは最終的に、フクシマの現状報告にSNBを代表してベルリン自由大学元准教授福澤啓臣、放射性廃棄物処分問題に関しゴアレーベンの市民団体、原発事故及び放射線による健康被害の話をIPPNW代表Alex Rosen、ウラン採掘に関しAusgestrahltの代表Jochen Stay、核兵器に関してノーベル平和賞を受賞した団体ICANのドイツ代表、EURATOM問題点に関しNaturFreundeを代表してMichael Müller(同姓同名だが、今のベルリン市長とは別人)、ヨーロッパにおける新原発建設ブームに関しGreenpeace Energyを代表してChristoph Raschにそれぞれ話をしてもらう運びとなった。実際には、Michael Müller氏は病気でデモに欠席し、デモの最後に飛び入りで放射線テレックスの発行人であるThomas Dersee氏が去年のデモでも話してくれた、身の回りに「リサイクル」で戻されている放射性廃棄物の話などをした。

写真©矢嶋宰

今回のデモではしかし、これまでと違って共催したグループとのコミュニケーションがいろいろな意味でうまくいかないことが様々に影響した。NaturFreundeとAABはほかのデモやアクションで忙しく、去年末までに2回共同のミーティングを行った以外は一切一緒に話し合いができなかったのに加え、メールを通しての私からの度重なる質問やお願いにもほとんど返事が来なかったりしたことから、呼び掛け文作成の時から、最後のデモプログラムの詳細決定まで意思疎通が叶わず、デモになってみてそれが共通認識の違いになって表れ、私としては納得のいかない結果となってしまったことが多い残念なデモとなった。それが顕著に表れたのは、デモ隊がブランデンブルク門に戻ってくる頃、デモ隊の最後が到着するまでといった感じでアートパフォーマンスを行うことになっていたのに、

去年に引き続き大地・小野アートライブパフォーマンスSympathetic Cardiogram        写真©矢嶋宰

NaturFreundeやAABは、すべての演説が終わってからパフォーマンスを行うものと思っていたこと、いつから始めるかという話し合いができていなかったため、デモのドラム隊が到着するまでドラムを叩き続けていたことから、待機していた大地・小野チームが計画通りパフォーマンスを始められなかったなど、私としては二人に申し訳ないことをしてしまったと反省している。せめて進行予定表を前もって交換しておくべきだった。

デモは、13時に集合ということだったが、演説者の一人、ドイツ最大規模の反原発団体Ausgestrahltの代表Jochen Stayの到着が遅れ、さらに彼のインタビューが終わるのを待っていたため、開始が遅れた。警察からもクレームがついたせいか、進行関係者は苛立つことになった。カズマ率いるMad World Danceの核の鎖をテーマにしたパフォーマンスはインパクトが大きかったが、いつもと同じように、前に陣取っていないと見えない、時間が長かった、パフォーマンスが終わっても挨拶などが長かったために演説にすぐ移れなかった、演説が始まってみると、今度は一人5分という制約はほとんどの人が忘れて長々と話す人が多かったなどから、さらに出発が遅れた。

フクシマ現状報告、福澤啓臣  写真©矢嶋宰

SNBを代表してフクシマの現状を報告してくれた福澤さんは、何度もこれまでに福島を訪れ、彼のNPOである絆やその他のプロジェクトであらゆる交流があるため、詳しくあらゆる角度からフクシマ、率いては日本の問題点を話してくれた。しかも、演説をすべて暗記してこられたというので敬服する。

福澤啓臣氏の演説和訳:
2018 Kazaguruma-Demo.Hiroomi Fukuzawa.jp
ドイツ語原文:
2018 Kazaguruma-Demo.Hiroomi Fukuzawa.de
IPPNWドイツ代表Alex Rosen   写真©Uwe Hiksch

IPPNWドイツ代表のAlex Rosen氏は小児科の医師であり、フクシマ事故以来、フクシマにおける健康被害を問題にしてきたエネルギッシュな人物だ。しかし彼はデモが3月11日にあると勘違いしていたため、3月10日は仕事をしているので昼休みにしか抜け出せない、ということで急遽演説の順番を変えて昼休み時間に演説できるようにした、というハプニングがあったのだが、メモや原稿なしに手短に、でもとても問題点をしっかり捉えた話をしてくれた。彼はフクシマ7周年を機にIPPNWの機関誌にフクシマにおける甲状腺がんについての報告を出しているので、それをここで紹介したい。この報告は2018年4月発行のStrahlentelexでも紹介されているほか、翻訳家のグローガー理恵さんが和訳をすでに日本で紹介しているので、それをここに掲載させていただくことにした。

Dr. Alex Rosenのフクシマにおける甲状腺がんの報告:
IPPNW.SD Artikel Fukushima März 2018
Greenpeace Energy、Christoph Rasch 写真©矢嶋宰

今年のデモでも、Greenpeace Energyは全面的に協力してくれ、Protestival以来親しくさせてもらっている広報担当のChristoph Rasch氏が今回もヨーロッパにおける原発ルネサンスに関し、気持ちのいい演説をしてくれた。彼の演説もここで紹介したい。

Greenpeace Energy広報担当Christoph Rasch氏の演説和訳:
2018 Kazaguruma-Demo.Christoph.Rede.jpドイツ語原文:
2018 Kazaguruma-Demo.Christoph Rasch
カズマ・グレン・モトムラMad World Danceのパフォーマンス         写真©Uwe Hiksch
フクシマ・チェルノブイリは警告する   写真©Uwe Hiksch
木内みどり氏からベルリンに託されたバナー、フクシマを忘れない!       写真©Uwe Hiksch
核の鎖に縛られない未来を築こう!    写真©Uwe Hiksch

デモから1週間後のSNB反省会でもいろいろ反省点が出されたが、今年は共催団体とのコミュニケーションがうまく取れなかったことから、私としては納得のいかない部分が多かったのだが、それでも恒例の私たちのデモのシンボル、かざぐるまをみんなが持ちながらベルリン市内を行進するデモが今年も実現できたことは喜びたいし、これからもこれを「伝統」として続けていきたいと思う。Natur FreundeとAABとの共催で行うこのデモは、私たちだけでやるより多くの人たちを動員できるほか、協力し合うことによってできることが多いのだからこれからも協力関係を続けていきたいのだが、数年間一緒にデモをやってきて、ある意味で「馴れ」からくる安心感が緊張感のないものとなって、コミュニケーションがうまくとりにくかったのかもしれない。渉外担当者を交代するなどして、新たな気持ちに立ってそれが改善できればいいと思う。また、フクシマを記念したデモなのだから、モットーやテーマがどのようなものであれ、やはりフクシマがあったから私たちの運動は始まったのだ、とい いう基本姿勢を忘れずに、それをかざぐるまデモではもっと中心に据えたいと思う。そのためにもこのデモが、ベルリンで頻繁に行われている「あらゆるデモやアクションのうちの一つ」に埋もれてしまわないよう努めたいと思った。SNBが始めたフクシマへの思いを込めた、そしてかざぐるまを希望のシンボルとしたデモを、毎年3.11への思いを喚起して、続けていきたいと願う。(ゆう)


写真協力:

矢嶋宰

Uwe Hiksch


報道:

※リンク切れはご容赦ください。

ロイター
7 Jahre nach Fukushima – Demonstranten in Berlin fordern schnellere Energiewende
https://in.reuters.com/video/2018/03/10/7-jahre-nach-fukushima-demonstranten-in?videoId=407824150&videoChannel=118261

独ベルリンで反原発・核兵器デモ 震災と福島原発事故から7年で | 2018/3/11 – 共同通信
https://this.kiji.is/345352752949986401

東京新聞:独ベルリンで反原発・核兵器デモ 震災と福島原発事故から7年で:国際(TOKYO Web)
http://www.tokyo-np.co.jp/s/article/2018031101001195.html

東日本大震災7年 独ベルリンで震災7年で反原発・核兵器デモ:イザ!
https://www.iza.ne.jp/kiji/events/news/180311/evt18031110450007-n1.html @iza_events

【東日本大震災7年】独ベルリンで震災7年で反原発・核兵器デモ
http://www.sankei.com/world/news/180311/wor1803110013-n1.html @Sankei_news

独ベルリンで反原発・核兵器デモ 震災と福島原発事故から7年で
2018年03月11日 山形新聞
http://yamagata-np.jp/news_core/index_pr.php?kate=World&no=2018031101001195

独ベルリンで反原発・核兵器デモ 震災と福島原発事故から7年で
http://www.okinawatimes.co.jp/articles/-/220919 @theokinawatimes

独ベルリンで反原発・核兵器デモ 震災と福島原発事故から7年で|国際|全国・世界のニュース|新潟日報モア
http://www.niigata-nippo.co.jp/sp/world/world/20180311379874.html

独ベルリンで反原発・核兵器デモ? 神戸新聞NEXT
https://www.kobe-np.co.jp/news/zenkoku/compact/201803/sp/0011057892.shtm

独ベルリンで反原発・核兵器デモ | IWATE NIPPO 岩手日報
https://www.iwate-np.co.jp/article/kyodo/2018/3/11/9978

独ベルリンで反原発・核兵器デモ 震災と福島原発事故から7年で – 徳島新聞社
http://www.topics.or.jp/sp/worldNews/worldInternational/2018/03/2018031101001195.html @徳島新聞

独ベルリンで反原発・核兵器デモ 震災と福島原発事故から7年で|静岡新聞アットエス
http://www.at-s.com/news/article/international/466650.html

独ベルリンで反原発・核兵器デモ 震災と福島原発事故から7年で – BIGLOBEニュース
https://news.biglobe.ne.jp/international/0311/kyo_180311_9789272644.html

独ベルリンで反原発・核兵器デモ、福島原発事故から7年で – LINE NEWS
http://news.line.me/issue/overseas/74ec20a14cb5?utm_source=Twitter&utm_medium=share&utm_campaign=none&share_id=WnT20777687504
#linenews @news_line_me


 

 

フクシマの女たち・福島原発告訴団団長・武藤類子さんによる 2018年フクシマ原発事故7周年に向けたメッセージ

武藤類子                  福島原発告訴団団長 / ひだんれん共同代表 / 原発いらない福島の女たち

福島に心を寄せる世界の皆さまへ

福島原発事故から7年。今年も3.11がやってきます。

2011年のあの日から、ずっと福島を見守り、手を差し伸べて下さる皆さまに心から感謝致します。

今、福島では帰還、復興、健康作りなどの言葉が飛び交っています。2020年のオリンピックを2年後に控え、莫大な復興予算が投入され、震災の被害が顕著であった沿岸地域を中心に、イノベーションコースト構想と名打ち、廃炉技術やロボットの開発施設、大型風力発電、メガソーラー、木質バイオマス発電所などが建設されています。放射能汚染が最も深刻な福島第一原発立地町である双葉町にも、原発事故の被害の実相を伝えるとうたったアーカイブ拠点や産業会館等が建設を予定され、高校生の修学旅行を誘致しようとしています。福島県は、オリンピックまでにすべての避難者を帰還させたいと考え、海岸線を走る常磐線の全線開通も間近です。

しかしその陰では、著しい人権侵害が起きています。現在推進されている帰還政策は、除染をして元通りの安全な場所に戻ったからお帰りくださいというものではないのです。年間被ばく線量が、原発事故前の20倍である20ミリシーベルトを下回る地域では、被ばくを我慢して暮らせというものです。保養などの帰還後の被ばく防護策は特になく、避難解除後は、帰還しなくとも、精神的賠償や避難住宅の無償提供を打ち切られます。たちまち生活が困窮し、追い詰められて望まない帰還をする人、ホームレスになった人や自死する人も出ている状況です。避難住宅の立ち退きを迫られ、裁判に訴えられている家族もあります。国連人権理事会による人権審査で、国連加盟国4カ国が、原発事故被害者の人権状況を是正するように、日本政府に勧告しています。

原発サイトでも深刻な状況は続いています。トリチウム汚染水の1000tのタンクは800基を超えました。原子力規制委員会の更田委員長、元委員長の田中氏は、「海に流すことが唯一の解決策だ」と地元自治体を回って説得をしています。私が4歳の時に生まれて初めて見た海は、福島県いわき市の海でした。今でもその光景が目に浮かびます。世界の3大漁場と言われ、豊かな生き物たちに満ちていました。そして何より海は世界につながっています。原発事故で既に大量の放射性物質が流されたのに、更に人為的に流し、世界の海をこれ以上汚したくはありません。本来規制する側が積極的に流そうと動いていることは許しがたいことです。現在、福島の漁業者たちが必死でトリチウム汚染水の放出を止めています。どうか世界からも是非声をあげて下さい。お願い致します。

福島県民健康調査における甲状腺検査では、がんとがんの疑いが現在193人となりました。相変わらず県民健康調査検討委員会は原発事故との関連は考えにくいとの見解ですが、この数字のほかに、県民健康調査に報告されていない甲状腺がん患者がいることが昨年発覚しました。県民健康調査の甲状腺検査を受けた後に「経過観察」とされた人が、次回の県民健康調査の前にがんが発見された場合、県民健康調査の報告に反映されていないことが分かりました。その中に何人のがん発症者がいるのか調査すべきだとの声が、検討委員会の委員や市民からもあがり、ようやく県立医大が調査に乗り出すことになりましたが、調査に2年もかけるといいます。原発事故被害者に、唯一行われている健康に関する調査であるにもかかわらず、正しい結果が提供されてはいません。現在、この甲状腺検査に対し、「過剰診断」「学校での検査は人権侵害」「知らない権利がある」などの言葉を使い、縮小しようとする動きがあります。原発事故時に安定ヨウ素剤の配布を拒みさえした福島県は、責任を持って甲状腺検査を継続していくべきです。

一昨年、福島市の高校生が、廃炉作業中の福島第一原発の見学をしたとの報道があり仰天しましたが、その後、福島大学でも、授業の中に原発見学が取り入れられました。全国の高等専門学校でも、原発の廃炉のためのロボットコンテストなどが、避難指示が解除になった町で開かれました。私の住む町に建設された、福島県環境創造センターの放射能教育施設コミュタン福島には、ビジュアルやゲーム感覚で放射能について学ぶ展示がなされています。開所1年で約10万人が訪れ、子どもたちの感想文などを読んでみると、「放射能は危険なだけでなく医学や科学に役立つものであって良かった」「放射能は怖いものだと思っていたが、自然界にもあり、食べ物にも含まれていることがわかり、安心した」「みんながここで学べば福島への差別はなくなる」などが多く見られました。今も存在する放射性物質の危険を正確に認識し、それらから自分を防護することを学ぶ教育とは程遠いように感じます。

このような中で、沢山の損害賠償を求める裁判、行政に施策の誤りをただす裁判、刑事責任を問う裁判が開かれています。民事裁判では、東電や国が津波対策を怠ったことが認められた判決もあります。今年は次々と判決が出てきます。

昨年6月には、福島県民をはじめとする全国1万4千人からなる福島原発告訴団が、福島地方検察庁に刑事告訴をしたことから始まった刑事裁判の初公判がとうとう始まりました。被告人の東電の元最高幹部3人は、自分たちに責任はないと無罪を主張しましたが、検察官役の弁護士は東電の津波対策に対する不作為を証明する、多くの証拠をもって歴史的な闘いを開始しました。是非、注目をして下さい。現在、裁判長に宛てて、「厳正な判決を求める署名」を行っています。福島原発刑事訴訟支援団のHPに英語の署名サイトもありますので、ご協力をお願い致します。

東京電力福島原発刑事訴訟に「厳正な判決」を求める署名(日英仏)

今年の冬は、福島でも厳しい寒さでした。でも凍てつく土の下には、春に芽吹く植物の種が眠っています。新しい時代を夢見ることを忘れずに、今を誠実に生きていきましょう。そして世界の海がつながっているように、私たちもつながり続けましょう。

2018.3.11  福島にて  武藤類子

NEWS: Kazaguruma-Demo zum 7. Jahrestag von Fukushima

フクシマ7周年かざぐるまデモ
– 核の鎖を断ち切ろう!-

2018年3月10日13時より
ブランデンブルグ門/Brandenburger Tor-Pariser Platz, Berlin
::: 当日現地でかざぐるまを配布します:::

ブランデンブルグ門前にて13時より、今年もMad World Dance (Bodypoetことカズマ・グレン・モトムラとその仲間たち) 

Sayonara Nukes Berlinの創立メンバーの一人であるダンサー・振付師のカズマは自分をBodypoet(身体の詩人)と呼ぶ。彼は自分の身体で、踊りながら政治的、社会批判的なメッセージを表現します。彼のダンスパフォーマンスは私たちのかざぐるまデモではすでにもう「伝統」です。

毎年、違うテーマを捉えては、原子力エネルギーにまつわる複雑かつ多彩な問題点に批判的な光を投げかけます。今年も自分のダンスグループMad World Dance Projectを連れてくるBodypoetがデモでどのような身体の「詩」を見せてくれるのか、楽しみです!

 

デモ行進後の同場所でSympathetic Cardiogram、松崎大地によるライブペインティングと小野史敬によるパーカッションのパフォーマンスをそれぞれ予定しています。
松崎大地:大阪府出身。リズムとインスピレーションで筆が踊るポップスピリチュアルペインター。京都精華大学在学中からライブペインティングを始める。商店街イベント、祭、カフェ、美術館、ギャラリー、ライブハウスなど、様々な場所でパフォーマンスを行う。2012年から2014年4月まで世界一周、33ヶ国を旅しながら、各地でライブペインティグや壁画制作を行う。2016年10月より現在はドイツ、ベルリンで活動中。

小野史敬:打楽器奏者。日本の音楽大学を卒業し、現在ドイツにソロとオーケストラ音楽を学ぶため留学中。第14回PAS Italy Percussion Competition スネアドラム部門 優勝。またオリジナルの打楽器作品を発表するなど多岐に渡る活動を展開ている。


核兵器廃絶を求める国際キャンペーンICANは、
2017年にノーベル平和賞を受賞しましたが、核兵器は世界から消えたわけではありません。今でも、地球を何度も壊滅させるだけの核弾頭が世界には存在します。

脱原発の声はありながらも、2017年始めには世界31か国で計449基*の原子炉が稼働(または稼働可能状態)、2018年1月現在、ドイツではまだ7つの原子炉が稼働しています。日本にある原発54基はすべてフクシマの事故後停止されていましたが、市民の反対にもかかわらずすでに5基が再稼働しています。

原子力の民間利用と軍事利用は、同じコインの裏表であり、核の鎖でしっかり結びついています。核の鎖にはウラン採掘、研究用原子炉、ウラン濃縮工場、再処理工場という環が含まれ、最後に放射性廃棄物が残ります。いわゆる「原子力の平和利用」は、兵器として利用できる核物質を広める働きをしているのです。核兵器の廃絶と脱原発を求めるなら、この核の鎖全体を断ち切らなければいけません。

この核の鎖の環はどれも、何十万年も消えることのない放射性廃棄物やフォールアウトを生み出します。放射線は健康にとっても環境にとっても極めて危険で、何十年経った後でも、または世代を超えてがん、心血管疾患、代謝疾患、遺伝性欠陥などを起こします。そしてこの核の鎖が遺す放射性廃棄物には、適した保管方法は見つかっていません

広島・長崎の原爆投下から73年、チェルノブイリから32年、フクシマから7年が経った今、核の時代を過去のものとして葬るために、核の鎖を世界で断ち切ることが必至です!

私たちは次のことを求めます:
1.ウラン採掘を世界中で禁止する。ウランは地中に置いておくべきである。
2.核分裂性物質製造の停止。しかも兵器製造目的のいわゆるカットオフだけでなく、民間利用のための核分裂性物質製造も同様に停止する。
3.包括的核実験禁止条約を今こそ締結する*。
4.ドイツと日本は核兵器禁止条約を採択せよ。
5.すべての原発の停止と、新原発建設計画の破棄。
6.EURATOM(欧州原子力共同体*)契約を解消し、再生可能エネルギー促進契約に置き換える。

* 情報源: http://www.nuklearforum.ch/de/fakten-und-wissen/kernkraftwerke-der-welt
* 包括的核実験禁止条約はまだ未発効で、1963年の部分的核実験禁止条約しかまだ発効されていない。
https://ja.wikipedia.org/wiki/部分的核実験禁止条約
https://ja.wikipedia.org/wiki/包括的核実験禁止条約
*EURATOM欧州原子力共同体は、原子力に特化した市場を創設して共同体中に原子力エネルギーを提供、かつ原子力エネルギーを開発して余剰分を非加盟国に売ることを目的とする。この共同体がEU内での原子力計画に対する融資制度を設けている。
参照: http://blog.ippnw.de/atomenergie-und-atomwaffen-unauflosbar-verbunden/

Website:
http://kazagurumademo.de/

主催:Sayonara Nukes Berlin
Anti-Atom-Berlin
Natur Freunde
共催:Greenpeace Energy
IPPNW Deutschland
Strahlentelex
Bürgerinitiative Luchow-Dannenberg
.ausgestrahlt
Rote Bete Berlin
LINKE Berlin
BUND
Coop Antikriegscafe
Kuhle Wampe Berlin
WOLF
ICAN
Deutsch-Japanische Gesellschaft Halle/Saalekreis eV

かざぐるまワークショップ2018

2018年のかざぐるまデモは3月10日土曜日に行われます。それに先駆けて、みんなで当日デモの参加者に配るかざぐるまを300本作りました。

2月24日土曜日、会場は Wolf Kino にスタジオを、お向かいのバー Heiner’s Bar には机を提供していただきました。Wolfは平日お昼にはおいしい日本食のランチが食べられる素敵なカフェのある映画館です。例年と比べて地元の家族連れなど多彩な顔ぶれで、最終的には50人以上の方が参加してくださりわいわいと楽しい日になりました。

 

今年のかざぐるまは、みどりさんデザインのかわいい模様つき仕様です。模様を裏にしたり、表にしたり、自分で模様を書き足したり、各参加者思い思いに楽しんでいました。

工程を分担して流れ作業方式にする机、個人個人でひとつずつ仕上げていく方式の机、偶然集まったグループながらもなんとなく作業の流れが作られていきます。

黙々と作業に没頭する人、情報交換をする人、おやつで一息いれる人、旧友と久しぶりの再会を喜ぶ人、ひとつ作るたびに外に駆け出して行ってちゃんと回るかテストをする子ども達。みんなが忙しくしているのだけど、とても優しい雰囲気です。身の回りの人と顔を合わせながら話をすることが何よりも大切だと改めて確認することができました。

力仕事を一手に引き受けるはりがね職人たちの机。SNBのメンバーが新年に拾い集めてきれいにした花火の棒に、適切な長さの針金を巻きつけていきます。

 

 

 

 

作業のモチベーションをあげるのに不可欠な、おいしいおやつ!ベルリン在住のパティシエ油田美里さんが忙しい合間を縫ってほうじ茶と黒糖のチーズケーキや抹茶と黒豆のケーキ、カリカリココアの乗ったベリーのタルトを焼いてくださいました!美里さんはお祝い事をはじめ、すてきなケーキの依頼を引き受けていますのでHPをチェックしてみてください。

SNBのメンバーが持ち寄ったお菓子や飲み物への寄付も入れて、合わせて183,21ユーロの収益になりました。大切にSNBの活動のために活用させていただきます。どうもありがとうございました!

 

 

 

かざぐるまを持ってデモでお会いしましょう!

NEWS:2月24日かざぐるまをつくるワークショップ開催

工作をしながらの午後のコーヒーはいかがですか?3月10日に開催される「かざぐるまデモ – 核の鎖を断ち切ろう! -」で配るかざぐるまをみんなでつくります。お子さまコーナーもありますので、ぜひご家族やご友人をお誘いあわせの上、足をお運びください。

日時:2月24日 
13時から17時
 場所:Wolf Kino Studio, Wildenbruchstr.5, 12045, Berlin
 ※会場のWolf Kino StudioはWolf Kinoとは別の建物です。入り口はKinoの右隣にあります。


世の中ざわざわしていてよくわからないことが多すぎる、と不安を抱えて過ごしている方も、お茶を飲みながら気軽にああだこうだとお話ししましょう。ご希望の方には、今さら誰かに聞きづらい、在外選挙権(ドイツに居ながら日本の選挙に参加できる制度)についてやさしく説明してあるリーフレットと申請書を配布いたします!申請は実は選挙のない今がチャンス、、、!

★会場でも用意がありますが、針金を切ったり曲げたりするペンチ、はさみや千枚通しをお持ちの方がいましたら、ご持参いただけるとうれしいです。

Was ist die Kazaguruma DEMO?
かざぐるまデモって?

 Kazaguruma Demo
 zum 7.Jahrestag von FUKUSHIMA
 Sa.10.3.2018
 ab 13:00Uhr
 Treffpunkt:Brandenburger Tor-Pariser Platz, Berlin

 www.kazagurumademo.de

今年は5年目のワークショップ。毎年、老若男女問わずベルリン在住のみなさんがお手伝いしてくださいます。これまでの模様は私たちの過去のブログでご覧になることができます。

 ・2017年度 http://snbblog.sundayresearch.eu/?p=3567
 ・2016年度 http://snbblog.sundayresearch.eu/?p=2840
 ・2015年度 http://snbblog.sundayresearch.eu/?p=1602
 ・2014年度 http://snbblog.sundayresearch.eu/?p=765

第6回 国際ウラン映画祭ベルリン2017

2017年10月11日から15日にかけて、ベルリンのKulturbrauereiの映画館で、ベルリンでは第6回目になる国際ウラン映画祭が開かれた。今年はそのプログラムの一環としてツァイスのプラネタリウムで協賛団体である
ドイツIPPNWが「世界の被ばく者」というパネル展示会を催し、そこで数本の短編映画も上映されるというおまけつきだった。

私はベルリンに来てからこのウラン映画祭を何年も一般の観客としてみてきたのだが、これからは積極的に応援していきたいと思ったのは、核・原子力・放射能を巡る問題だけをテーマにした映画(ドキュメンタリー、劇映画、アニメ、短編長編すべてを含む)を集めた世界でも稀なる映画祭があることにとても感銘を受けただけでなく、実際に私も知らなかったあらゆる世界での核に関する問題を提示され、勉強させられたことが少なくなかったからだ。同時に、広島・長崎やフクシマをテーマに、日本だけでなく世界中であらゆる映画が作られ、紹介されてきている。まだドイツでは紹介されていないものも多く、いい作品をここで紹介する橋渡しができるのではないか、翻訳などで協力することができるのではないか、と思っていた。また、去年Sayonara Nukes Berlin(以下SNB)がProtestivalでいろいろイベントをしていた時、ウラン映画祭でもチェルノブイリ30周年を記念したイベントを催したのだが、その時にSNBの代表として私をパネルディスカッションに呼んでくれたことをきっかけに個人的な交流が始まっていたことから、今回のベルリンでの映画祭にもっと強く関わることとなったのである。

でも、私が参加することを決定した理由は実は、もう一つある。去年「最優秀賞」をこのウラン映画祭で受賞した、フクシマを(一応)テーマにしたドキュメンタリー映画を見て、非常に失望したことだ。こんな映画に賞を上げるのか!と憤然としたくらいだった。あまり失望したのでそのことはその授賞式の際、監督とのトークで私は自分の意見も述べたくらいなのだが、この映画ではフクシマの問題というよりは、イタリア人のジャーナリストが個人的に菅直人(以下すべて敬称略)と親しいらしく、なんだか菅直人がそこで「ヒーロー」のように扱われており、そこで菅直人が自宅でくつろぎながら話している内容は、私たちにとってはまったく新しいことでも何でもないのに(これに関しては菅直人は本も出版し、それがドイツ語にも訳されている)、それをあたかも「スクープ」したかのように報告しているドキュメンタリーになっていることに私は面食らったのだった。それで、あまりに日本の事情を知らない人たちが映画を選んでいるからこういうことになるので、これは、もう少し日本のことを知っている人が映画祭のチームに入らないといけないのではないかと思ったのが、私の正直の気持ちだったのだ。

それでSNBとして、日本の映画の紹介に関して援助できることがあったらしたい、という申し出をしたところ、彼らも大変喜んでくれ、それでSNBが協賛団体として参加することになったのは、SNBのミーティングでもいつか報告したとおりである。

Aya Domenig作「太陽が落ちた日」
坂田雅子作「私の終わらない旅」

去年のウラン映画祭後から、2017年の準備に関わるようになり、それまであまり充実していなかったホームページの日本語版を少しずつ訳し始めたり、フクシマをめぐる映画、または日本の監督の作品を推薦してほしい、という要望に応え、新しい映画ではなかったが、私たちがProtestivalでも上映し、素晴らしかったAya Domenigの映画「太陽が落ちた日」と、その前にACUDでSNBが上映した坂田雅子の「私の終わらない旅」を推薦し、彼らに応募してもらって、この二作が上映される運びとなった。

松原保作「被ばく牛と生きる」

また、私とは別のルートで、フリーでドキュメンタリー映画監督、カメラマンとして活躍されている松原保が、「被ばく牛と生きる」というフクシマ事故後、被ばくした牛たちを殺さずに飼い続ける畜産農業に携わる人たちを巡る感動的なドキュメンタリー映画を応募したことを知った。坂田雅子とは二年半前にベルリンで会ってから、個人的に親しくさせていただいていることから、「いつかドイツ語の字幕が作りたいね」と話していたこともあったので、この機会に、ベルリンで上映される時には、やはりドイツ語の字幕があった方が観客には理解されやすいので、字幕を作ることとなった。

また、「被ばく牛と生きる」は、日本語版と並んですでに英語版が出来ているのだが、これも映画祭の方から、できればドイツ語訳を作ってほしいという希望があったので松原監督とコンタクトを取ってスクリプトをいただき、翻訳することになった。二作とも長編の映画で、ナレーションやインタビューシーンが多いため翻訳するテキストは多く、大変な作業ではあったのだが、私にとってはとても勉強になり、そしてやりがいのある仕事だった。もちろん、ドイツ語が母国語でない私は、翻訳を最終的にはいつものように大切な友人Annette Hackにチェックしてもらった。この二作の翻訳を仕事の傍ら完成させたのが9月の頭くらいである。私が関わることになった映画の翻訳を仕上げる上でAnnetteが気持ちよく協力してくれたことにここで改めてお礼を言いたい。

プログラムができ、今回は合計で27本の長編・短編映画が上映されることとなった。今年はブラジルのゴイアニアで起きた放射能事故からちょうど30年前になることから、それをテーマにした映画が多く上映されただけでなく、その記録写真展が展示され、生存者の一人で被害者グループの代表として活躍しているOdesson Alves Ferreiraが来独してその話を語った。そのほか、上映作品の監督が何人も訪れ、その作品の上映後には監督トークが行われた。松原保・坂田雅子両監督もこの映画祭のためにベルリンに来独したので、ここでは通訳を務めた。

このウラン映画祭は、リオデジャネイロに住むドイツ人のジャーナリストであり、自分でもかつてゴイアニアの放射能事故に関する映画を作ったこともあるNorbert Suchanekが2011年に始めたもので、翌年の2012年からはベルリンでも毎年開かれている。私が最初にこの映画祭に注目し始め何本か映画を見に行ったときは、私を入れて二人か三人ほどしか観客がいないようなこともあって、Pankowの映画館で寂しい思いをしたものだが、ベルリンのオフィスを代表して一人で奔騰しているJutta Wunderlichの努力の甲斐あって、去年くらいから規模が少しずつ大きくなってきた。協賛団体も増え、公的な団体、国会議員やベルリン市議会議員なども「後援者」となるほか、スポンサーができたことから、場所もKulturbrauereiの映画館という、町の中心に移ったし、プログラムも充実してきた。イベントを計画して実行に移し、運営することの大変さを、私も去年のProtestivalでいやというほど実感したが、それを続けていくことの意義を思って7年間映画祭をあらゆる困難を顧みず続けてきた人たちの尽力は素晴らしいし、また、SNBのようにそれを協力する人たち、団体たちも増え続けているのはうれしい。私は個人的にも映画が好きで、ことにこうした社会的、政治的テーマをたくさんの市民に訴えていくには、映画という媒体は適していると常々思っているからこそ、これまでもSNBで数々の映画を上映する努力をしてきたわけだが、それで今回からウラン映画祭を積極的に応援できることになって、私としては、自分の興味のある部分、能力を生かせる部分で運動を続けていく、ということがこういう形で実現できるのはうれしいと思った。

SNBのステッカーを手に授賞式で話をする松原保氏
受賞したトロフィーを持つ松原さん夫妻と私

最終日には数本映画が上映された後、賞の発表があった。最優秀賞に今回選ばれたのは「ムルロアから愛をこめて」という、フランスが行った一連の核実験で被ばくした元兵士や軍務関係者をレポートしたフランスのジャーナリストLarbi Benchiha監督のドキュメンタリー映画だった。短編映画最優秀賞にはブラジル・ゴイアニアの放射能事故をテーマにした劇映画Algo do que Fica (Something that remains)が選ばれた。それから今年は特別にBerlin Audience Awardというのが作られて、松原保監督の「被ばく牛と生きる」が受賞した。ジャンクアートを製作するブラジルのアーティストGetúlio Damadoが一つ一つ手作りする賞がそれぞれ手渡されるのだが、私は松原監督に賞を渡す役を引き受け、その時にSNBからのプレゼントとしてエコバッグとNo Nukesのステッカーを数枚贈らせてもらった。その時には舞台でばっちり、SNBが毎年かざぐるまデモを行っていることも宣伝してきた。

授賞式で

外で見ているのと、実際に運営に参加するのとでは大きな違いがあることは当然だが、成長しつつあるこの映画祭にもまだまだ改善の余地が多分にあることも分かった。賞を渡すのは意味のあることかもしれないが、数名でスタートさせた当時よりずっと規模も大きくなった映画祭では、Juryのメンバーも明記して、透明性を持たせるべきだし、今回は一つ一つの映画に「Filmpate」というのを設けて、俳優や舞台監督などにそれぞれの映画を推薦させる、というふうにしたのはいいが、それがあまり効果的に使われなかった(何のためにその人がいるのかわからないなど)、司会や進行などでも「素人的」な発言などが目立ってしまった、監督とのトークなどでも、司会がある程度リードしないと、誰かの発言が長くなりすぎてしまうなど、そばから見ていて気になるところはいくつかあった。

あまり「プロフェッショナル」になりすぎて大げさだったり尊大になったりするのはもっと嫌だから、そういう意味では「素人的」な部分があるのはいいのかもしれないが、こうしてたくさんの人を集めてイベントを行う以上、ある程度の枠は維持しないといけないように思った。でも、SNBでもデモの後、毎回「反省会」をしていることを伝え、この映画祭でもしようと呼び掛けたところ賛同を得、さっそく今週ウラン映画祭ベルリンスタッフで集まって反省会を行うことになっているので、いろいろ話し合い、来年は今年気になった部分を改善した素晴らしい映画祭が開けるよう、私も自分のできるところで努力したいと思う。私は、松原ご夫婦と知り合いになってお話がいろいろできたのが楽しかったし、今次のドキュメンタリー映画(ドイツの脱原発、エネルギーシフトをテーマ)を製作中の坂田雅子を手伝ってインタビューの通訳をしたりして、また充実した時間が持てたので、けっこう疲労はしたが、受け取ることの多い濃厚な時間だった。いい作品を紹介することで、ベルリンの市民に、核・原子力の恐ろしさ、核の鎖を断ち切る以外にないのだということを改めて考えてもらう機会を作ることに貢献できたことを喜びたい。これからも、SNBが「この作品はぜひベルリンでも紹介したい」というような映画があれば推薦し、ウラン映画祭で見られるようにしていければいいと思う。(ゆう)


国際ウラン映画祭 サイト:http://uraniumfilmfestival.org/de

日本語サイト:http://uraniumfilmfestival.org/ja

『太陽が落ちた日/ Als die Sonne vom Himmel fiel』 公式ウェブサイト(英/独):http://www.alsdiesonnevomhimmelfiel.com/

『私の終わらない旅』 公式ウェブサイト(和/英):http://www.cine.co.jp/owaranai_tabi/

『被ばく牛と生きる』 公式ウェブサイト(和/英):http://www.power-i.ne.jp/hibakuushi/

 

 

 

沖縄映画の夕べ「標的の村」上映会の報告

Sayonara Nukes Berlin(以降SNB)はこれまで、フクシマ原発事故をきっかけに反原発・核問題だけを扱い運動するワンイッシューのグループだったが、最近ことに安倍政権になってからあらゆる問題が日本では悪化し(それは日本のことだけではなく世界中の傾向ではあるが)、特定秘密保護法問題、憲法改悪問題、共謀罪、辺野古を始めとする沖縄の基地問題など、黙っていられない事態がどんどん出現している。ことに日本における基地の問題は、ジャーナリストの矢部宏治がその著書「日本はなぜ『基地』と『原発』を止められないのか」でもその本質を言い当てているように、根本的に通じる部分が多い。日本の戦後70年来の米国隷従の歴史が、この基地問題と原発問題に端的に集中して現れていると言っても言い過ぎではない気がする。そういう意味で、SNBとしてこの複雑で、よく知られていない沖縄の歴史をおさらいし、どういう問題を日本は抱え、どのような悲劇を沖縄の人たちが戦時中からずっと日本政府により与えられ続けてきたのか、勉強していく必要がある。

そこで、去年沖縄に行って、基地問題を現場で体験し、勉強してきた絆ベルリンの会長でありSNBでも活躍している福澤啓臣氏と、かつて長く沖縄に滞在し、現地での運動に参加してきたSoRAさんが中心になって、SNB初のArbeitskreis Okinawaを立ち上げた。彼らはすでに春、デモの後沖縄の勉強会を催したが、私はちょうど日本に行っていたため、参加できないでいた。

5月になって、ぜひ話題のドキュメンタリー映画「標的の村」の上映会を開きたいと、福澤さん、SoRAさん、私で集まって相談し合った。SoRAさんが調べた結果、この琉球朝日放送制作、三上智恵監督の映画は上映権がなんと6万円もかかることが分かったため、この費用を調達するため、まずSNBがかつて二度も支援金をいただいたSelbsthilfe Netzwerkに依頼してみることとなった。申し込み締め切りまでに時間が数日しかなかったのだが、福澤さんがどうにか説明文と予算明細を出して申し込んだところ、上映権費用、会場費用、フライヤー等の印刷費用として計700ユーロを支援してもらえることとなった。また、ベルリン在住のY氏も主旨に賛成して、そのために寄付をしてくれた。

ということで、上映料が高いため、だめかもしれないと思っていたこの映画が思いがけず上映できることとなり、まずはその映画上映にふさわしい場所を探すこととなった。2年前に坂田雅子さんの「私の終わらない旅」を上映した映画館ACUDに問い合わせたところ、予定の日程でそこの映画館も借りることができ、ちゃんとした映画館で上映ができる運びとなったのは、うれしい限りだ。今年になってSNBの集まりに出席するようになった緑さんがこのArbeitskreis Okinawaでは全面的に協力してくれ、彼女がポスターやフライヤーのデザイン・レイアウトをしてくれただけでなく、会場に張り出す、沖縄の地図や簡単な説明、写真をレイアウトしたすばらしいInfotafelパネルを作成してくれた。また、福澤さんが上映に伴い、ドイツではあまり知られていない沖縄の歴史と基地闘争の背景を簡単に説明することにしたので、その説明文のネイティブチェックを、緑さんの友人のFriederikeさんに引き受けてもらった。こうして、「日本人の内輪の集まり」ではなく、ベルリン市民を対象としたOkinawa Filmabendの構想が温まっていった。

Face Book(以降FB)やその他のネット情報でイベントの宣伝をし、フライヤーを配ったりポスターを貼ったりはしたものの、実際にどれだけ人が集まるか、蓋を開けてみるまではわからない状態だった。FBで来る、と言ってくれていた人たちがかなりいたそうだが、FBをしない人もいるので、最後まで不安はあった。ところが、ACUDの映画館は定員が約80名だったのが、入場開始前の6時半頃よりどんどん人が入り始め、7時ちょっと前にはもう座席が 満員となるほど、入場数を数えた。それからもさらに入場者が訪れ、 7時を過ぎた頃はもう階段など、床にも人が座って満員状態になり、これ以上は人を入れることはできない、ということになったほどだ。おそらく100人は入っていたと思う。イベント開始後も会場に入らず、外で待機してくれていた人たちの話では、始まってからもさらに人が来て、断らなければならなかったのがさらに30名近くいた模様だ。来場者の85%は日本人ではないベルリン市民(ドイツ人を主とする)だったことも、私たちはとてもうれしく思った。急に暑くなった日で会場内は定員を超す人数のため蒸し暑く、決して快適ではなかった。

7時20分ごろ、私がSNBの名で挨拶をし、Netzwerk Selbsthilfeにお礼を言い、簡単に映画監督などの説明をしてから、福澤さんにバトンタッチした。約20分ほどの福澤さんの説明の後、映画上映を開始した。

映画は私も初めて見たが、素晴らしいものだった。高江の人々はただ、自分たちのすばらしい自然の中での自分たちの生活を続けたいだけなのに、それができないため、運動をせざるを得ないこと、その運動が彼らの生活の中心にならざるを得なくなっていることが改めて理解できた。オスプレイがどれだけ彼らの生活を脅かしているかについても、私のこれまでの認識は甘かった気がする。自分たちの土地が米国の基地に奪われ、平和な生活を脅かされるゆえ、非暴力で抵抗運動を続けざるを得ない彼らを、日本政府の権力が暴力(物理的な暴力と司法を使った暴力)で踏みにじり、市民を守るどころか市民を裏切り続け、痛め続けるその姿があまりにひどく、高江の人たちの悔しさ、悲しさ、情けなさが身に迫って、私も何度も涙ぐんでしまった。また、ベトナム戦争での兵士の訓練のため作られた「ベトナム村」 で高江の人たちが標的のベトナム人にさせられてきたことなど、私は全く知らなかった。今、高江の人たちが、高江の村の真ん中にヘリパッドを作る理由は、高江の村を仮想の標的とすることで練習しているに違いないと思っているのは、当然だ。それがどんなに屈辱的であり、かつ恐ろしいことなのか、日本人のほとんどは知らないし、それを沖縄の人たちに押し付けて平気できた私たちの罪をもっと意識しなければならないと思った。この映画を上映することができて、本当によかったと思う。

沖縄の伝統的なぶくぶく茶

映画は91分、蒸し暑い館内であるにもかかわらず、ほとんどの人たちが最後も残り、質疑応答に参加し、アンケートにもこたえ、そして解散後も館内で泡盛やぶくぶく茶(これはベルリンのお茶屋さんMachaMachaに勤めるYumiさんがドイツの日本茶大使に任命されてはじめて私たちの上映会でお茶をふるまう運びとなった、沖縄の伝統的なお茶)を飲み、パネルを見ながら、たくさんの方たちが意見交換や話し合いに残ってくれたことは、有意義だった。

アンケートの集計総数は78枚、ご協力いただいたみなさんありがとうございました

質疑応答では、「沖縄の人たちは北朝鮮のミサイル発射などの状況下で、米国に守ってもらっているような気持ちはあるのか」とか、「韓国にも米国の基地があり、そこでも反対運動があるが、彼らとの交流はあるのか」、などの質問があった。また、沖縄が独立した国家であったのを、日本が占領し、さらに第二次世界大戦敗戦後、米国に占領されてきた歴史について知らなかった人たちが多いので、説明は必要であったことが分かった。ドイツも同じ敗戦国として米国の基地問題を抱えているので、意識を持っている市民も多いし、この沖縄の歴史(それはもちろん、日本の恥ずかしい歴史でもある)が抱える特殊性についても理解してもらえたと思う。

SoRAさんが用意した高江のグッズ(Tシャツ、布巾等)、緑さんの作成したバッジ、SNBのグッズの売り上げ、そして上映会に対するカンパ金は合計で261.32 232.65ユーロだった。これはどちらも合計して、SoRAさんに日本に持って行ってもらい、日本円に換金したうえ、高江の活動に寄付したい。(※グッズの仕入れ費用が寄付金の合計額にまじっていたため、7月19日の最終会計報告書に基づき一部の金額を修正しました)

世界中であらゆる問題が噴出している今、そして日本でも共謀罪がひどい状態で可決され、さらに沖縄・辺野古の新基地建設に関しても、翁長知事を始めとする沖縄市民の感情を無視し逆なでしてどんどん埋め立て工事が進められるなど、事態は悪化する一方だが、それでもベルリンでこの沖縄の問題をテーマにしたイベントを行い、これだけ動員することができたことにSNBのArbeitskreis Okinawaとしては大変勇気づけられた。とにかく、市民が一人でも多く目を覚ますこと、問題を意識すること、理解することが世の中を変えていく第一歩だ。これからもあきらめずに私たちのできる立場で運動を続けていきたいと改めて仲間同士で言い合った夜となった。(ゆう)

SNBはWerkstatt der Kulturenの解体決定に断固として反対します!

私も最初、Werkstatt der KulturenからのMLでその通知を読んだとき、信じられませんでした。ベルリン市参事会は2017年6月に、1994年に「Wissmannstrasseビール醸造工場e.V – WERKSTATT DER KULTUREN」と締結された「Wissmannstrasseの旧ビール醸造工場利用契約」を2017年12月31日をもって解約する旨を言い渡したというのです。

そこで、関係者、愛好者、ファンが集まって、その廃止決定に反対する運動が始まりました。

WERKSTATT DER KULTURENは開設以来、あらゆるルーツ、文化背景をもつベルリン市民が、その多彩性をそのままに表現をし、同時に政治的・社会的問題を捉えて議論し合い、音楽・芸術・映画・講演などを通して訴えることのできる、素晴らしいプラットフォームとして活動してきました。

去年SNBがProtestivalであらゆるイベントを計画した時にも、ちょうどベルリン在住のジャズミュージシャンである安藤明さんがイニシエートし、Werkstatt der Kulturenで実現することになったFukushima the Aftermathに共催させていただけることとなり、ここで芸術・音楽・言葉を通じてフクシマの現状を提起・議論する場所を設けてもらい、たくさんの観客が動員できたことは、皆さんの記憶にもまだ新しいと思います。ここでは私たちのあらゆる質問や問題の担当者となってくれたRätherさんが、誠意をもって最後まで対応してくれ、すばらしい共同作業を行うことができました。このような場所を与えてくださったことをもう一度感謝すると同時に、この場所がなくなることを認めたくありません。こうした場は、ベルリンにこそなくてはならないもので、これをベルリンがみすみす「廃止」してしまうというのは断固として納得できません。

多彩な文化をそれぞれが持ち寄り、複雑かつ味わい深い社会を可能にし、それぞれの多彩性、違いを謳歌しながら共存する社会を私たちは望んでいます。そのことをいち早く取り上げ、プログラムに反映させてきた存在として、WERKSTATT DER KULTUREN はベルリンだけでなくドイツ全体でも珍しいものです。ここでは旧植民地、移民・難民、差別されてきた(いる)あらゆる少数波グループの問題、その他政治・社会問題をあらゆる文化・芸術・アクション形式にして取り上げ、議論し合うプラットフォームを提供し続けてきてくれました。

どうしてベルリン市参事会が、難民問題やポピュリズムの危険がこれまでよりずっと迫っている今、こうした重要な場を廃止してしまうのか、全く理解に苦しみます。理由を求めても、答えは得られなかったそうです。

皆さんも、この市参事会の決定を拒否し、Werkstatt der Kulturen存続を求めるなら、ぜひ反対のメールを以下のSenatorenに送ってください。また、オンラインでもPetitionにサインできますので、ご協力お願いします。

Elke Breitenbach (DIE LINKE), Senatorin für Integration, Arbeit und Soziales, Senatorin@senias.berlin.de
Dr. Klaus Lederer (DIE LINKE), Bürgermeister und Senator für Kultur und Europa, klaus.lederer@kultur.berlin.de.

オンラインによるペティションはこちら: Online-Petition „Nein zur Abschaffung der WERKSTATT DER KULTUREN

オンラインでなく自筆で署名したい方は、Werkstatt der Kulturenの事務所で、火曜から金曜まで、12時から18時の間、署名が可能です。

6月28日(水)『標的の村』上映会 “Okinawa Filmabend”

2017年6月28日(水)19時、ベルリンのACUDkinoにて
Okinawa Filmabend” と題し、
入場無料の映画上映会を開催します。

第一弾目の今回は、沖縄県の中でも特に、北部にある東村の高江という集落に焦点を絞って描かれた三上智恵監督作品(2013)
標的の村』 を上映いたします。

映画の後にはフリータイムを設けています。希望する方はこの時間に数量限定のやんばるの泡盛とちんすこうもあわせてお楽しみいただければと思います。
英語字幕付きですので、お友達をお誘いの上どうぞお気軽にお越しください。

Okinawa Filmabend
2017.06.28 (水) 19:00
ACUD Kino (Veteranenstrasse 21, 10119 Mitte, Berlin)
入場無料

🎬 『標的の村』上映 (91分) + Q&A
🎤   沖縄歴史解説
👕   高江オリジナルグッズの販売
[数量限定] ちんすこう / やんばるの泡盛 まる田

— 映画『標的の村

ヘリコプター離着陸帯(ヘリパッド)建設や新型輸送機オスプレイ配備に反対する沖縄県東村高江の住民たちの姿を記録したドキュメンタリー映画。2012年9月29日、オスプレイが配備される前夜に普天間基地ゲート前に座り込んだ人々が、強制排除に乗り出した警察と衝突する様子の一部始終など、反対運動を続ける住民たちに寄り添いながら、沖縄の米軍基地問題の歴史を紐解いていく。琉球朝日放送制作、三上智恵監督作品。

19:00   開場
19:20   沖縄の歴史解説
20:00『標的の村(英語字幕付)』上映スタート(91分)
21:40   Q&Aタイム、その後フリータイム

 

標的の村』劇場予告

No nukes, clean energy