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Protestival Filmfest「カリーナの林檎ーチェルノブイリの森」 in ベルリン

Protestivalも最後にさしかかった4月23日(土)、『カリーナの林檎~チェルノブイリの森』上映会を行った。

Kalina's apple
公式サイトより

そもそもこの映画をProtestivalで上映することになったいきさつは。。。

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Protestival in Leipzig

Protestival in Leipzig

ベルリンから南東へ200km離れた所にライプツィヒはある。バッハ、ゲーテ、メンデルスゾーンゆかりのある有名人をあげれば数知れず、現代でもライプツィヒは第二のベルリンと言われる文化的に自由な雰囲気を持っている。

チェルノブイリから30年、フクシマの事故から5年ということでこの問題についてより多くの人に再度考えて欲しい、そんな思いからベルリンだけでなくライプツィヒでも上映会を開くことになった。今回はこの街で行なわれた小さな上映会についての報告である。

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4月1日、幸か不幸か最高の天気に恵まれ幕を開けた Protesival in Leipzig。

一日目のプログラムはライブペインティング、グリンピースエネルギーからヨーロッパの原子力発電所の具体的な現状の紹介、そして二本の映画にディスカッション。

会場準備と共に始まったライブペインティング。ライプツィヒ在住の三人のアーテイストによるコラボレーション作品。三人で一つの絵をゼロから成っていく工程は芸術家の感性と遊び心を見せていた。芸術に言葉は要らない。だからこそ、芸術は世界を繋ぐ一つの手だてになる。

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※ 下に完成版が載ってます

まずはグリーンピースエネルギーからの話から始まる。

R0019900ドイツでは2020年まで原子力を止めることは決まっているが、放射線を出し続ける放射能廃棄物の最終処理場の問題は未だに片付いていない。ドイツのすぐ横には原発大国フランスを始めとし、近隣諸国のイギリス、チェコ、スロバキア、ポーランドを始め新しい原子力発電所の建設予定もある。再生可能エネルギーへ転換を図りEUを牽引していくドイツ国民はこの状況に対してどう取り組むべきなのか、またそれに伴う経費についても事細かに話しがあった。この問題は一つの国家の問題として捉えるべきではない、EUという連合体、つまるところ世界的な視野を持つことによって見え方も対応も変わっていくことのだ。アクチュアルな問題である避難民の問題含め様々な問題を抱えるドイツだが、原発についてはそれぞれが意識的に続けていかねばならない。彼はそのことを強調していた。(放射能廃棄物についての問題はこちらをご覧下さい→http://midori1kwh.de/2012/03/11/1512)

上映開始予定16時になっても、空からは春の暖かい日が差し込み、映画を見に来てくれた人も外で太陽の光を浴びたいから上映時間を後にしてくれないかと言われる次第。私自身も公園でごろごろしたいなと思ってしまったが、それは諦め予定通り上映を開始した。

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春のこの時期は多くの人が太陽と共に春のを訪れを実感する。

R0019903一本目の映画〈カリーナの林檎

一本目の映画はある物語〈カリーナの林檎〉。チェルノブイリ近くの街に暮らすどこにでもいる少女についての話で最終的に内部被爆をし病気になる。もし自分の子どもや未来の子どもがそんな目にあうことったらと思うだけで原発にはうなずけない。笑顔でいれば放射能は無くなる。そう言っていた政治家にはこうなることは想像できないのであろうか。翻って今の日本で行なわれている避難区域解除に対して疑問が生まれてくるのも当然ではなかろうか。ただちに影響はありませんでは困る。何かが起きてからでは遅いことだってあるのだ。

一本目、二本目の映画の間には30分程の休憩があり、愛のこもったおにぎり三種(トマトライス、ツナマヨ、タケノコ炊き込みご飯)に卵焼きに白菜の浅漬けもあった。味も見た目も大好評であった。

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二本目の映画〈首相官邸の前で

空も段々と薄暗くなりはじめ、二本目の映画〈首相官邸の前で〉の上映時間。2012年におきた首相官邸前での反原発デモのドキュメンタリー映画。『私はこの映画で楽観主義を広めたいのです。』ベルリンでそう語った監督のメッセージが表した言葉の通り、私はこの映画を見て勇気と希望を頂いた。デモを始め社会活動をほとんど知らずに育った私たちの世代。私たちにも上の世代からバトンが回ってくるし社会に対して責任はある。だからこそそれぞれが学び続け、社会に対して意見を持てるほうがいい、それが民主主義の前提でもあるのだ。

上映後にはこの映画監督である小熊英二氏とのSkypeでのディスカッションが実現した。最後まで残ってくれたのは10人(メンバーも含めて)。人数が少ないことがプラスの効果をもたらし、リラックスした雰囲気でディスカッション(というか座談会。。。)は進行した。現在の日本の市民活動の状況についての話、そして今回の小熊氏の2ヶ月間の映画上映とそれに伴う大学巡業を通してフランスとドイツの学生達の比較も含めたざっくばらんな質問や感想も聞くことができた。

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『20万もの人が首相官邸の前にいながらなぜ報道が少なかったのか、独立しているジャーナリストは何をしていたのか』という会場からの質問に対し、氏の回答としては日本には過去30年近くそういう事が起こっていなかったためそういったことを報道することに慣れていなかったのではないかと言っていた。それが理由だとしても、ジャーナリズムやジャーナリストを育ててこなかった日本の教育の問題点にも疑問が浮かぶ。

『ドイツから学ぶものはあるか』という質問に対しては彼は“地域、共同体の繋がりの強さや関わり方“を挙げられた。

その回答には私も同様のことを思っている。ライプツィヒでもベルリンでもそのような横の繋がりをよく感じる。縦の関係は時に対等であるべき討論を難しくする。上の人が常に正しいなんてことは無いからこそ、何かを決めるときには縦の関係をできるだけ排除して考えるべきだし、上の人も下の人の意見に耳を傾けるべきである。そしてもちろん下の人も上の人の意見には批判的に考えるべきである。そういう上限関係を抜きにしてこそ、地域や市民の運動はより優れたものとなっていくのではないかと思う。

※この企画当初からこの映画監督の小熊氏とはライプツィヒにきてもらうため何度かメールをさせて頂いた。その柔らかい対応と、実際に見るエネルギッシュな姿から学ぶことはたくさんあった。翌日に日本に帰るという強行スケジュールにも関わらずSkypeで対応してくれたこと、この場を借りて感謝の気持ちと敬意を述べたい。

二日目、プログラムはご飯の会に映画に音楽。

当日は日本の家で毎週土曜日に開かれる『ご飯の会』があった。『ご飯の会』は誰もがお客さんであるが手伝いたい人は下ごしらえから参加できるので言い換えれば手伝える炊き出しである。この会はライプツィヒではけっこう知られていて多くのお客さんを集める。ご飯に対して払う料金は自分で決めれるのでお客さんはお金のない学生、ホームレス、アナーキスト、ヒッピーのたまり場にもなっている。(もちろんジャンルに入らない人も多い)  今回は日本の家に来る常連さんが中心の国際色豊かなバンドによるジャムセッションあった。そのためもあって会場は大入り状態で準備した食べ物はみんなの胃の中に消えていった。(日本の家の活動についてはHPを見て欲しい→http://djh-leipzig.de/ja) 

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ご飯の会の料理は基本的にベジタリアン 野菜は財布にも健康にも良い

この日唯一の上映作品、〈太陽が落ちた日〉。原爆と原発、原爆の記憶や経験を持っている人が今の社会をどう見るのか。映画が終わったときには会場からは大きな拍手に包まれた。いいチョイスをした、日本について知らなかったし勉強にもなった。そんな言葉を数多く聞けた。これは是非多くの人に見てもらいたい。

映画のもたらした静かな会場雰囲気の中、音楽が始まった。目で見る芸術とはまた違う表現方法である。だからこそ音楽の感想を事細かに書くことはできないが、会場の雰囲気にあったいい時間であった。

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アンコールが響く中、Protestival in Leipzigは幕を閉じた。

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会場の雰囲気は最高に緩やかだった

次へ向けて

イベントのテーマは反原発で、この問題に対して『反対!』と叫ぶ事は大事だ。しかしそれよりも、未来に対して楽しい明るいイメージを持つことは重要でこういう場を持って、自分の考えを持つべきである。その意味では今回の活動が文化活動と結びついたことは何より嬉しい。なぜなら文化こそが、国や言葉を超えるものになり得るからである。グリンピースエネルギーが述べていたよう、この問題はどんどん複雑化し規模が大きくなっているのだ。それはもはや一つの国のテーマにすべきものではない。一つの社会で起きたこと、起きていることを通しそれぞれがこのテーマについて何か話をし記憶に留めてくれていれば幸いである。

私が今回思ったことは社会活動の難しさはもちろん重要性と素晴らしさである。(Wikipediaによると社会活動の定義は、社会の為に貢献するもの) こういう一つの活動が繋がりを生む。たくさんの感謝や嬉しい気持ちが自分を動かしまた誰かを動かす。それが街や人を活動させることの一歩であろう。

このことも含め私は多くのことを学んだ。だからこそこれからも小さくても何か繋がりを生める様な活動を続けていきたいと思う。

 

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Nuclear energy is for future???
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当日のライブペインティングの作品

今回ペインティングしてくれたアーティストのFacebookファンページ→ https://www.facebook.com/andecian?pnref=story

そして日本の家のご飯の会の特別ムービー!

 

 

上映作品の予告編集

・カリーナの林檎→https://www.youtube.com/watch?v=KypJEW7YBtg

・首相官邸の前で→https://www.youtube.com/watch?v=EFjsarBPAZ8

・太陽が落ちた日→https://www.youtube.com/watch?v=SXuGWRtio1g

『首相官邸の前で “Tell the Prime Minister”』

3月18 (金) AUSLAND にて、小熊英二監督のドキュメンタリー映画『首相官邸の前で “Tell the Prime Minister”』の上映会を行いました。

はじめに、この日の60名を越える来場者の皆さんに、心からの感謝を申し上げます。

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映画の内容についてはネタバレの恐れがあるので言及は避けたいと思いますが、まずこの映画を鑑賞した後、監督である小熊英二さんによるアフタートークの時間が設けられました。これがまた、皆さんとても活発に質問されていて、挙手が絶えない時間となりました。 続きを読む 『首相官邸の前で “Tell the Prime Minister”』

坂田雅子監督を迎えて。「わたしの、終わらない旅」上映会

ドキュメンタリー映画、「わたしの、終わらない旅」の上映会が6月2日、Sayonara Nukes Berlinの主催で行われ、ドイツ人、日本人など約60人が参加しました。

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あいさつする坂田雅子監督

映画の概要を紹介します。

2011年の福島第一原発事故後、坂田監督は母、坂田静子さん(故人)が1976年ころから反原発運動を続けていたことの意味に気づきます。そして、兵器と原発の2面性を持つ「核」について、フランス、マーシャル諸島、カザフスタンを巡り、そこで核実験と原発によって翻弄された人々を映し出しました。

映画を見る参加者
映画を見る参加者

フランスでは、日本の使用済核燃料が2950トン処理されたラ・アーグ再処理工場やANDRA(国家放射性廃棄物管理局)周辺で放射線検査をするACRO(放射線モニターNGO)の活動を紹介します。ACROの会長は「ラ・アーグの最大の汚染源はお金だと言われている」と話します。

アメリカの核実験が1946年から58年まで67回行われたマーシャル諸島。そのうち23回はビキニ環礁で行われました。実験のためにビキニを離れなければならなくなった島民は今も帰島できないでいます。1960年後半、アメリカの原子力委員会は「ビキニは安全、帰島できる」と発表し、72年から帰島開始、「何を食べても安全」と伝えられました。その後、多くの人が亡くなり、「これ以上住むのは危険」と再び島を離れなくてはなりませんでした。

1949年から89年まで470回の核実験が行われた旧ソ連、カザフスタン・セミパラチンスク。150万人が影響を受けました。実験場跡地の東に位置するセメイ市の病院ではガンの発症率が高いこと、若い世代の免疫力が落ちていることが指摘されました。実験場跡地、1万8千平方キロメートルの4分の1は除染され、4千平方キロメートルが農地にしても安全といわれています。旧ソ連時代、核開発が行われたクルチャトフ市の市長は「わたしたちは次世代の原発を開発しつつある。原爆と原発は別物なのです。きちんと管理していれば原子力はもっとも環境に優しいのです」と語ります。

1953年、国連総会でアメリカのアイゼンハワー大統領が「原子力の平和利用」についてスピーチをしました。その後、1954年3月1日に第五福竜丸の乗組員たちが水爆ブラボーの実験で被曝しました。日本では原水爆禁止運動が盛り上がりますが、平和利用へのキャンペーンが張られていきました。第五福竜丸の乗組員だった大石又七さんは「ビキニ環礁事件が起きたとき、みんなで勉強し考えていれば日本に54基もの原発はつくられなかったのでは」と問います。フランスの元原発労働者が「それが人を殺すことを知りながら、家で原子力の電気を使うのか」と語った言葉が胸に突き刺さります。ビキニの人たちが島の美しいメロディーに合わせながら歌います。「わたしたちの島と生活は奪われた」。

1995年のもんじゅナトリウム火災事故隠しに対応して、1996年に開催された第2回原子力政策円卓会議には坂田静子さんが市民代表として出席していました。「原子力基本法、つまり国策を見直すべきではないか。国策も誤ることがあります。わたしたちの世代は身をもってこれを経験しました」。

この映画に出てくる核の被害を受けた人たちの姿を通して今の日本、フクシマが見えてきます。

「終わらない」のか「終わらせるのか」はわたしたち市民にかかっているのだと感じさせる映画でした。

上映後は坂田雅子監督への質疑応答もあり、活発な意見が交わされました。かいつまんで以下にご紹介します。

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監督に質問する参加者

-日本の現状、脱原発の現状について

監督:反原発、原発ビジネスなど立場によって言うことが異なり、一人ひとり、掘り下げないとそれぞれ考えていることが見えてこない。

-日本では原発に変わる代替エネルギーは進んでいないのか?

監督:太陽光エネルギー発電も進んでいたが、再生可能エネルギーの制度が変わり、電力会社は再生可能エネルギーの買取義務がなくなったので、高くつく再生可能エネルギーの買い取りを電力会社が避けるようになり、その発展を阻んでいる。(*買取にかかった費用は一般電気料金に上乗せしているので、結局消費者が負担している)

-なぜ、世界で60年間原発が稼動してきたのか?

監督:それこそ自分に問いかけてきたものでこの映画を撮る原動力になった。

-フランスにもドイツのように反原発運動をしている人たちがいるのか?

監督:少数だがいる。少数でもがんばっていることに意味がある。フランスでも再生可能エネルギーが発展することを願っている。

 

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*上映会の際、坂田監督へのカンパ、会場費、Sayonara Nukes Berlinの活動費のため呼びかけた
カンパ(事前、当日)は、合計337,60ユーロでした。ご協力いただいたみなさまにお礼申し上げます。
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今回上映会場となったACUD  http://www.acud.de/
*「わたしの、終わらない旅」DVD版は、amazonなどで購入することができます。