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第6回 国際ウラン映画祭ベルリン2017

2017年10月11日から15日にかけて、ベルリンのKulturbrauereiの映画館で、ベルリンでは第6回目になる国際ウラン映画祭が開かれた。今年はそのプログラムの一環としてツァイスのプラネタリウムで協賛団体である
ドイツIPPNWが「世界の被ばく者」というパネル展示会を催し、そこで数本の短編映画も上映されるというおまけつきだった。

私はベルリンに来てからこのウラン映画祭を何年も一般の観客としてみてきたのだが、これからは積極的に応援していきたいと思ったのは、核・原子力・放射能を巡る問題だけをテーマにした映画(ドキュメンタリー、劇映画、アニメ、短編長編すべてを含む)を集めた世界でも稀なる映画祭があることにとても感銘を受けただけでなく、実際に私も知らなかったあらゆる世界での核に関する問題を提示され、勉強させられたことが少なくなかったからだ。同時に、広島・長崎やフクシマをテーマに、日本だけでなく世界中であらゆる映画が作られ、紹介されてきている。まだドイツでは紹介されていないものも多く、いい作品をここで紹介する橋渡しができるのではないか、翻訳などで協力することができるのではないか、と思っていた。また、去年Sayonara Nukes Berlin(以下SNB)がProtestivalでいろいろイベントをしていた時、ウラン映画祭でもチェルノブイリ30周年を記念したイベントを催したのだが、その時にSNBの代表として私をパネルディスカッションに呼んでくれたことをきっかけに個人的な交流が始まっていたことから、今回のベルリンでの映画祭にもっと強く関わることとなったのである。

でも、私が参加することを決定した理由は実は、もう一つある。去年「最優秀賞」をこのウラン映画祭で受賞した、フクシマを(一応)テーマにしたドキュメンタリー映画を見て、非常に失望したことだ。こんな映画に賞を上げるのか!と憤然としたくらいだった。あまり失望したのでそのことはその授賞式の際、監督とのトークで私は自分の意見も述べたくらいなのだが、この映画ではフクシマの問題というよりは、イタリア人のジャーナリストが個人的に菅直人(以下すべて敬称略)と親しいらしく、なんだか菅直人がそこで「ヒーロー」のように扱われており、そこで菅直人が自宅でくつろぎながら話している内容は、私たちにとってはまったく新しいことでも何でもないのに(これに関しては菅直人は本も出版し、それがドイツ語にも訳されている)、それをあたかも「スクープ」したかのように報告しているドキュメンタリーになっていることに私は面食らったのだった。それで、あまりに日本の事情を知らない人たちが映画を選んでいるからこういうことになるので、これは、もう少し日本のことを知っている人が映画祭のチームに入らないといけないのではないかと思ったのが、私の正直の気持ちだったのだ。

それでSNBとして、日本の映画の紹介に関して援助できることがあったらしたい、という申し出をしたところ、彼らも大変喜んでくれ、それでSNBが協賛団体として参加することになったのは、SNBのミーティングでもいつか報告したとおりである。

Aya Domenig作「太陽が落ちた日」
坂田雅子作「私の終わらない旅」

去年のウラン映画祭後から、2017年の準備に関わるようになり、それまであまり充実していなかったホームページの日本語版を少しずつ訳し始めたり、フクシマをめぐる映画、または日本の監督の作品を推薦してほしい、という要望に応え、新しい映画ではなかったが、私たちがProtestivalでも上映し、素晴らしかったAya Domenigの映画「太陽が落ちた日」と、その前にACUDでSNBが上映した坂田雅子の「私の終わらない旅」を推薦し、彼らに応募してもらって、この二作が上映される運びとなった。

松原保作「被ばく牛と生きる」

また、私とは別のルートで、フリーでドキュメンタリー映画監督、カメラマンとして活躍されている松原保が、「被ばく牛と生きる」というフクシマ事故後、被ばくした牛たちを殺さずに飼い続ける畜産農業に携わる人たちを巡る感動的なドキュメンタリー映画を応募したことを知った。坂田雅子とは二年半前にベルリンで会ってから、個人的に親しくさせていただいていることから、「いつかドイツ語の字幕が作りたいね」と話していたこともあったので、この機会に、ベルリンで上映される時には、やはりドイツ語の字幕があった方が観客には理解されやすいので、字幕を作ることとなった。

また、「被ばく牛と生きる」は、日本語版と並んですでに英語版が出来ているのだが、これも映画祭の方から、できればドイツ語訳を作ってほしいという希望があったので松原監督とコンタクトを取ってスクリプトをいただき、翻訳することになった。二作とも長編の映画で、ナレーションやインタビューシーンが多いため翻訳するテキストは多く、大変な作業ではあったのだが、私にとってはとても勉強になり、そしてやりがいのある仕事だった。もちろん、ドイツ語が母国語でない私は、翻訳を最終的にはいつものように大切な友人Annette Hackにチェックしてもらった。この二作の翻訳を仕事の傍ら完成させたのが9月の頭くらいである。私が関わることになった映画の翻訳を仕上げる上でAnnetteが気持ちよく協力してくれたことにここで改めてお礼を言いたい。

プログラムができ、今回は合計で27本の長編・短編映画が上映されることとなった。今年はブラジルのゴイアニアで起きた放射能事故からちょうど30年前になることから、それをテーマにした映画が多く上映されただけでなく、その記録写真展が展示され、生存者の一人で被害者グループの代表として活躍しているOdesson Alves Ferreiraが来独してその話を語った。そのほか、上映作品の監督が何人も訪れ、その作品の上映後には監督トークが行われた。松原保・坂田雅子両監督もこの映画祭のためにベルリンに来独したので、ここでは通訳を務めた。

このウラン映画祭は、リオデジャネイロに住むドイツ人のジャーナリストであり、自分でもかつてゴイアニアの放射能事故に関する映画を作ったこともあるNorbert Suchanekが2011年に始めたもので、翌年の2012年からはベルリンでも毎年開かれている。私が最初にこの映画祭に注目し始め何本か映画を見に行ったときは、私を入れて二人か三人ほどしか観客がいないようなこともあって、Pankowの映画館で寂しい思いをしたものだが、ベルリンのオフィスを代表して一人で奔騰しているJutta Wunderlichの努力の甲斐あって、去年くらいから規模が少しずつ大きくなってきた。協賛団体も増え、公的な団体、国会議員やベルリン市議会議員なども「後援者」となるほか、スポンサーができたことから、場所もKulturbrauereiの映画館という、町の中心に移ったし、プログラムも充実してきた。イベントを計画して実行に移し、運営することの大変さを、私も去年のProtestivalでいやというほど実感したが、それを続けていくことの意義を思って7年間映画祭をあらゆる困難を顧みず続けてきた人たちの尽力は素晴らしいし、また、SNBのようにそれを協力する人たち、団体たちも増え続けているのはうれしい。私は個人的にも映画が好きで、ことにこうした社会的、政治的テーマをたくさんの市民に訴えていくには、映画という媒体は適していると常々思っているからこそ、これまでもSNBで数々の映画を上映する努力をしてきたわけだが、それで今回からウラン映画祭を積極的に応援できることになって、私としては、自分の興味のある部分、能力を生かせる部分で運動を続けていく、ということがこういう形で実現できるのはうれしいと思った。

SNBのステッカーを手に授賞式で話をする松原保氏
受賞したトロフィーを持つ松原さん夫妻と私

最終日には数本映画が上映された後、賞の発表があった。最優秀賞に今回選ばれたのは「ムルロアから愛をこめて」という、フランスが行った一連の核実験で被ばくした元兵士や軍務関係者をレポートしたフランスのジャーナリストLarbi Benchiha監督のドキュメンタリー映画だった。短編映画最優秀賞にはブラジル・ゴイアニアの放射能事故をテーマにした劇映画Algo do que Fica (Something that remains)が選ばれた。それから今年は特別にBerlin Audience Awardというのが作られて、松原保監督の「被ばく牛と生きる」が受賞した。ジャンクアートを製作するブラジルのアーティストGetúlio Damadoが一つ一つ手作りする賞がそれぞれ手渡されるのだが、私は松原監督に賞を渡す役を引き受け、その時にSNBからのプレゼントとしてエコバッグとNo Nukesのステッカーを数枚贈らせてもらった。その時には舞台でばっちり、SNBが毎年かざぐるまデモを行っていることも宣伝してきた。

授賞式で

外で見ているのと、実際に運営に参加するのとでは大きな違いがあることは当然だが、成長しつつあるこの映画祭にもまだまだ改善の余地が多分にあることも分かった。賞を渡すのは意味のあることかもしれないが、数名でスタートさせた当時よりずっと規模も大きくなった映画祭では、Juryのメンバーも明記して、透明性を持たせるべきだし、今回は一つ一つの映画に「Filmpate」というのを設けて、俳優や舞台監督などにそれぞれの映画を推薦させる、というふうにしたのはいいが、それがあまり効果的に使われなかった(何のためにその人がいるのかわからないなど)、司会や進行などでも「素人的」な発言などが目立ってしまった、監督とのトークなどでも、司会がある程度リードしないと、誰かの発言が長くなりすぎてしまうなど、そばから見ていて気になるところはいくつかあった。

あまり「プロフェッショナル」になりすぎて大げさだったり尊大になったりするのはもっと嫌だから、そういう意味では「素人的」な部分があるのはいいのかもしれないが、こうしてたくさんの人を集めてイベントを行う以上、ある程度の枠は維持しないといけないように思った。でも、SNBでもデモの後、毎回「反省会」をしていることを伝え、この映画祭でもしようと呼び掛けたところ賛同を得、さっそく今週ウラン映画祭ベルリンスタッフで集まって反省会を行うことになっているので、いろいろ話し合い、来年は今年気になった部分を改善した素晴らしい映画祭が開けるよう、私も自分のできるところで努力したいと思う。私は、松原ご夫婦と知り合いになってお話がいろいろできたのが楽しかったし、今次のドキュメンタリー映画(ドイツの脱原発、エネルギーシフトをテーマ)を製作中の坂田雅子を手伝ってインタビューの通訳をしたりして、また充実した時間が持てたので、けっこう疲労はしたが、受け取ることの多い濃厚な時間だった。いい作品を紹介することで、ベルリンの市民に、核・原子力の恐ろしさ、核の鎖を断ち切る以外にないのだということを改めて考えてもらう機会を作ることに貢献できたことを喜びたい。これからも、SNBが「この作品はぜひベルリンでも紹介したい」というような映画があれば推薦し、ウラン映画祭で見られるようにしていければいいと思う。(ゆう)


国際ウラン映画祭 サイト:http://uraniumfilmfestival.org/de

日本語サイト:http://uraniumfilmfestival.org/ja

『太陽が落ちた日/ Als die Sonne vom Himmel fiel』 公式ウェブサイト(英/独):http://www.alsdiesonnevomhimmelfiel.com/

『私の終わらない旅』 公式ウェブサイト(和/英):http://www.cine.co.jp/owaranai_tabi/

『被ばく牛と生きる』 公式ウェブサイト(和/英):http://www.power-i.ne.jp/hibakuushi/

 

 

 

ドイツ連邦環境・自然保護・建築および原子炉安全省30周年を祝うイベント「環境の未来フェスティバル」でのProtestival写真展「Nuclear, Democracy and Beyond」

2016年9月10日から11日にかけて、ドイツ連邦共和国の環境省30周年を記念するイベントが、ベルリンのシューネベルグ(Schoeneberg)にある、新しいエネルギー、スマートシティの実現を目指す革新的実験場として注目されるEuref-Campusで行われた。このキャンパスが入っているのは、もとガスタンクのあった場所で、そのガスタンクが改造されて中がイベント会場になっている。

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ここに、4月から6月にかけてドイツの社民党本部であるWilly-Brandt-Hausで行われた私たちProtestivalの写真展(広河隆一氏と樋口健司氏)が招かれた。最初の案では、最初の写真展で使われた写真40点全部をそのまま使ってもいいことになっていたが、場所の都合でそれは残念ながら大幅に縮小され、合計で10枚の写真を選び直さなければならないことになり、同時に、Willy-Brandt-Hausで使った写真は、ガスタンクの中にまっすぐな壁がなく、イーゼルに写真を立てなければならないことが分かったため、使えなくなった。これで、もともとの写真展チームのメンバーである写真家の矢嶋宰さん、メンバーのK君、私が集まって広河氏、樋口氏の写真の中から5枚ずつを新たに選び直し、さらにその展示方法を考え直した。

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イーゼルに立てるということなので、厚さ1センチほどの硬い下地の土台に、キャプションと写真を一緒にプリントアウトしたものを貼りつける方法を選んだ。これは結局矢嶋さんが一人で引き受けてくださり、会場にイベント前日、持ってきてくれた。私は環境省の担当の人との交渉を全面的に引き受け、9日の準備では矢嶋さんと私で会場に赴き、10日はイベント終了後に私がそれを全部持ち帰ることで終了した。

この環境省イベントではあらゆるEuref-Campusの全体で行われたようだが、ガスタンクの中の会場は一番メインな演説や環境省の歴史を紹介する催しが行われた様子で、入場者数は二日でかなり多くいたらしい。

私たちの展示会は合計10枚の写真とキャプション、それから私たちのメッセージ、写真家の簡単な紹介だったが、その隣には、別のロシアの写真家によるチェルノブイリの写真も展示され、広河氏の写真からは今回はチェルノブイリを抜いていたため、テーマとしてぶつかり合うことなく、チェルノブイリ30周年とフクシマ5周年、それから原子力発電という問題がすべて盛り込まれた写真展を一緒に作り出すことができたのは結果的にいいことだった。このチェルノブイリの写真展については、私は知らされていなく、現地に行って初めて分かったことであった。

日本では環境省が広河氏や樋口氏の写真展をイベントに招くなどということは決してあり得ないであろうことを思うと、ドイツの連邦省であるBMUBにProtestivalの写真展「Nuclear, Democracy and Beyond」を招いてもらったという事実は、とてもシンボリックな意味があったと思う。そして、Freundeskreis von Willy-Brandt-Hausからの口添えがあったからだとはいえ、私たちのメッセージと写真展を、縮小版ながらももう一度ここで紹介することができたことはうれしいことだった。環境省で私とずっと交渉してくれた担当の人は、「どの人もじっと写真を見、キャプションもしっかり読んでいた。とても好評で、私たちも喜んでいる。成功だった」と感謝してくれた。

この環境省からは、この写真展のためにお金をいただくことになっている。このうち、写真展準備にかかった費用、それから私たちSNBのこれからの運営費を少しだけ残すことにして、残りを広河氏の福島の子供たちを助ける基金、樋口氏には同額ずつ寄付したいと思っている。

2016年のProtestivalに関連したイベントは、これで一切終了した。でも、終わりはまた始まりでもある。ちょうどこの前の土曜日、来年のデモに関するコンセンサスを得るための初めてのミーティングを行ったばかりだ。来年の3月11日はちょうど土曜日に当たる。その日に、私たちの主張をアピールしないわけにはいかない、ということで、来年のデモへの準備がまた始まることになる。来年は今年と同じように大きなことはできないとは思うが、それでも私たちがあきらめず、持続して反核、反原発を訴えていかなければならないことは確かだ。これから、その方法を探っていくことになると思う。

報告:梶川ゆう


環境省のイベントに関する情報はこちら:

Umweltfestival 3.0

Umweltpolitik 3.0 – Das Festival zur Zukunft der Umwelt

http://www.bmub.bund.de/service/veranstaltungen/details/event/umweltpolitik-30-das-festival-zur-zukunft-der-umwelt/


広河 隆一(ひろかわ りゅういち ) :日本の報道写真家、市民活動家。フォトジャーナリズム月刊誌DAYS JAPANの元編集長。福島の子ども保養プロジェクトNPO法人 沖縄・球美の里の設立代表・名誉理事長。公式HP:http://www.hirokawaryuichi.net/

樋口健二:(ひぐち けんじ )は、日本の報道写真家。日本写真芸術専門学校副校長。2001年核廃絶NGO「ワールド・ウラニウム・ヒアリング」(本部ドイツ)創設の「核のない未来賞」教育部門賞を日本人として初受賞。HP:http://kenjihiguchi.jimdo.com/

写真展: Nuclear, Democracy and Beyond 会期延期のお知らせ*6月12日迄、並びにメディア反応など。

6月12日迄会期延長!

Sayonra-Nukes-BerlinとFreundeskreis  Willy-Brand-Haus e.V.(FkWBH)との共同開催の広河隆一氏と樋口健二氏による写真展: Nuclear, Democracy and Beyond. Photographs by Photographs by Ryûichi Hirokawa & Kenji Higuchiはお陰さまで 先週の日曜22日をもって公式の日程を終えました。

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展覧会オープニングセレモニー会場にて。オープニング当日開場前の写真。

なお、FkWBHのギャラリーでの展示会は6月12日まで展示が継続することになっています。6月2日にオープニングを迎えます同ギャラリーでのワールドプレスフォト16展開催に合わせてさらに多くの訪問者に広河氏と樋口氏の写真を見てもらえるようとのギャラリー側の配慮と熱意によって2週間ほど期間の延長が決定しました。 続きを読む 写真展: Nuclear, Democracy and Beyond 会期延期のお知らせ*6月12日迄、並びにメディア反応など。

Freundeskreis Willy-Brandt-Hausでの写真展: Nuclear, Democracy and Beyond開催報告

Freundeskreis Willy-Brandt-Hausで開催していました写真展「Nuclear, Democracy and Beyond. Photographs by Photographs by Ryûichi Hirokawa & Kenji Higuchi」は先週の日曜5月22日をもって当初の展示日程を終えましたが、引き続き6月12日まで会期を延期して同ギャラリーにて展示中です。

 

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展覧会フライヤー全面

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展覧会フライヤー裏面

展覧会のオープニングに先立って4月14日にオープニングセレモニーが開催されました。以下はオープニング当日模様の報告として両写真家へ書かれたメッセージです。 続きを読む Freundeskreis Willy-Brandt-Hausでの写真展: Nuclear, Democracy and Beyond開催報告

ソーラーハウス (Effizienzhaus) 見学

2016 年 2 月 1 日に何人かで Berlin の Fasanenstrasse にあるソーラーハウスを見学する機会がありました.このソーラーハウスは Bundesministerium fürUmwelt, Naturschutz, Bau und Reaktorsicherheit によって実験として建てられたものです.プロジェクトは Effizienzhaus Plus mit Elektromobilität と言い,「電気自動車を含む効率的家屋プラス」とでも訳せばいいでしょうか.

このソーラーハウスはドイツでは 35 件建てられたエネルギー効率の高い実験用の通常の家屋の1軒です.それぞれが異なる建築家によるもので,一件一件異なります.ベルリンのものは写真のようにかなりモダンなキューブ形状です.しかし,伝統的なドイツの家のようなものもあります.

Berlin にある Effizienzhaus Plus
Berlin にある Effizienzhaus Plus
Effizienzhaus Plus 内
見学会での説明会 (Effizienzhaus Plus 内)

エネルギーの効率的な家屋,と言っても Plus と名前にあるように,省エネではなく,「年間で作るエネルギーが消費するエネルギー以上になる家」の実験として建てられています.これは電気自動車 1 台を含みます.それぞれの家では,公募で選ばれた家族が1 年住んでエネルギー消費の実験をします.この家にはこれまで 2 家族がそれぞれ 1 年住みました.

この家はソーラーパネルを使って電気を生産し,蓄電池に貯める方式です.この家の建築家は家庭でのエネルギー消費は,主に朝,そして夕方から夜にかけてあり,昼は家族が仕事や学校に行くために下がると予想し,ソーラーパネルを東と西の壁に設置してあります.また,外観 (色) を重視したため,エネルギー変換効率が10% と比較的効率の低いパネルを利用しています.

ドイツでは家屋では暖房でのエネルギー使用が大きいので,窓は 3 重構造の熱を伝えにくいもの,換気には熱交換器,暖房はヒートポンプを利用し,南側と北側は大きなガラスで採光を重視,また,電灯は LED を利用,壁も断熱を重視するなど,様々な省エネの技術を利用しています.また電気エネルギーだけで全てすむようにガスなどは利用されていません.

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熱を逃がさない 3 重構造ガラス

実験結果は,初年度には家で消費する分のエネルギーは生産できましたが,自動車の分まではまかなえませんでした.しかし,この家ではエネルギー消費をモニタリングしており,2つの大きなエネルギー消費源が特定されました.1つは熱交換器が製造した会社の説明通りに作動しなかったことで,これは交換されました.そして,リビングからすぐ階段がありますが,リビングの熱が階段に抜けていくことも判明しました.そこでリビングの出口にガラスのドアを1枚設置しました.この変更の後,2年目にはこの家で生産されたエネルギーの総量は年間を通すと,家屋と電気自動車のエネルギー消費を含めて上まわりました.また,動きセンサーライトは,猫を飼っていた最初の家族には合わないという話もありました.

様々な最新技術が使われているのに,目標達成には結局「1枚のドア」が足りなかったということは興味深いことでした.やはり,実際に実験する必要があるのです.また,利用者のマインドが省エネをあまり考えずに,少し浪費する傾向があったことです.確かにエネルギーが全部自分の家で生産されるとなると,あまり省エネを考えなくなるかもしれません.しかしそれは社会のマインドとしてどうなのかという新しい問題を提起します.あとは,空気の熱を逃がさないという意味では窓は開けない設計というものもあるそうなのですが,住んだ家族には窓が手動で開けられるということは重要な要素だという結果などもあります.これらの結果は全て online で見ることができます.

さて,ここからは私の感想です.

私がこの家を見て思ったことは,「こんなボーグキューブみたいな家には住みたくないな」でした.ただ,これはこの家が3年で解体する実験予定だったことや,建築家のデザインによるもので,他の Effizienzhaus Plus には「この家なら住んでみたい」というものもありました.また外観は私の好みではありませんが,内装は良かったと思います.

今回の見学では,技術の成熟が見えてきたことが印象に残りました.この家は既に 2012 年のものですが,ドイツの技術は既に,

省エネではなく,エネルギー生産であること

です.そして,先にデザインの好みの話をしましたが,私が感じた問題は既に技術的な性能問題ではありません.デザインが重要になってきたということは技術が成熟してきていることを示していると思います.私は 1999 年に 5 色の iMacというコンピュータが登場した時のことを思い出します.私にとって,コンピュータは性能でした.「CPU が Power PC 750 の 266MHz はいいが,メモリが少ないかな.」などと思っていました.しかしその当時,あまりコンピュータになじみのない人達が,「何色の iMac がいい?」と,色の話をしていたことに驚きました.インテリアのデザインの一部としてコンピュータが考えられた時,技術の成熟を感じました.一般に広まる時には,性能はあまり問題ではないのだと驚きでした.

今回の家でもそうでしたが,ソーラパネルの性能は落としても色を重視するというデザインが考えられていました.今後重要なのは,色のあるソーラーパネルなどかもしれません.今後,様々な色のパネルが生まれ,それがデザインとなって,やがてソーラーパネルとはわからなくなる時に,この技術はより成熟するのでしょう.このような家は,エネルギー効率だけを語る時代ではなくなりつつあるまで進歩していました.たとえば,緑のソーラーパネルのある家は,遠目には庭の植物と一体化するようになるかもしれません.

自然エネルギーの他のもの,例えば風力も,風力と見てわかるようなものではまだまだかもしれません.それはオランダの風車のように風景となる方向に進歩するかもしれません.もしかしたら遠くから見たら木のように見える風力発電機ができるかもしれません.垂直軸発電方式など既にある技術がやがて景観を考えたデザインとなる日が来るでしょう.風力発電地域はいつか森のようにしか見えないという時が来るでしょうか.いや,本物の森の木々の中に気がつかないように風力発電機がある,そういう形で技術が成熟していくのかもしれません.発電所は自然がいっぱいある公園であるという未来をふと想像してしまうような家でした.

エネルギー自給自足の村、フェルトハイム(3)

フェルトハイムでは、バイオガスとバイオマスの発電所の見学の後で、このプロジェクトの中心的存在であるラシェマンさん(Michael Raschemann)のお話を伺い、SayonaraNukesBerlinのみんなの質問に答えていただきました。

ラシェマンさんは1997年にエネルギークヴェレ(Energiequelle)という再生可能エネルギーの会社を立ち上げました。まずは風力発電、それからいろいろな再生可能エネルギーを手がけるようになり、今では150人の従業員を有する会社に成長しました。

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ラシェマンさんの話をヒントに、フェルトハイムでエネルギー自給自足が成り立つのはなぜかを考えてみました。

まず、人口が200人以下というのは、フェルトハイムのような画期的なプロジェクトを立ち上げ、運営していく上で、理想的な規模なのではないかと思います。たくさんの人をまとめていくのは難しいでしょうし、逆に人数が少なすぎては投資に見合う結果を出すことができません。前例のないプロジェクトを進めていくには、顔の見える範囲でみんなが協力していくのが不可欠でしょう。

では、フェルトハイム程度の規模の村ならどこでもエネルギー自給自足ができるかと言えばそうとも限りません。風力や太陽光での大規模な発電なら、それに適した土地さえあればできるでしょうが、再生可能エネルギーで安定した電気を供給するとなると、フェルトハイムのように、バイオバスやバイオマスを活用することになります。フェルトハイムのバイオガス発電では、原料になる植物も糞尿も地元の農業と畜産業でまかなっています。エネルギーの元となる素材を現地で調達できるというのは、単に便利なだけでなく、地元の農家や企業を支えるという点でも意義があります。まっ平らで、畑に囲まれた、第一次産業がメインの村というのは、再生可能エネルギーをフル活用するにはもってこいなのでしょう。

さらに、フェルトハイムがブランデンブルク州西部の村であるというのは、実は重要な要素だと思います。ベルリンからはかなり遠いし、周辺に大きな街はないし、特別な産業や企業があるわけでもなく、観光資源に恵まれているわけでもない、旧東ドイツの「陸の孤島」。(それは言い過ぎなんじゃないかと思う人は実際にフェルトハイムを訪れてみれば、私の言わんとすることが分かると思います。この日、乗せていってくれたSNBのメンバーの車にナビがついていなかったら、フェルトハイムにまっすぐ辿りつけたかどうか怪しいくらい、目立たない村です。)

東西ドイツ統一後、こうした旧東ドイツの田舎は、過疎化と少子高齢化と(まだ若い人がいれば)高い失業率に悩まされるというのがありがちなパターンです。東ドイツ時代の安定した生活の枠組みが無くなってしまった後、農業メインの村をどうやって維持していくかというのは、おそらくフェルトハイムの人々だけでなく、市や州のレベルでも立てられた問いだと思います。その先にあったのが、有り余るほどある土地と、その土地を吹き抜けていく風を利用する風力発電であり、地元の産業を活用できるバイオガス発電だったのではないかと思います。

「このプロジェクトに反対する人はいなかったのですか?」と、私はラシェマンさんにも、発電所の説明をしてくださった方にも聞いてみたのですが、地元の人にはとても好意的に受け入れられたようです。何かしなければ村が廃れていくことは、誰の目にも明らかだったのかもしれません。

プロジェクトを経済的な面で支えたのは州やEUからの補助金です。行政側も、地方の活性化と再生可能エネルギーの普及を後押ししたことで、フェルトハイムのプロジェクトは順調に進んでいったようです。

フェルトハイムで再生可能エネルギーへの転換が実現したのは、社会的・政治的に条件が整っていたからだけではありません。村の人々にとって決定的に重要なのは、このプロジェクトによって安い光熱費という具体的な恩恵を受けられることです。生産者でもあり消費者でもある地元の人々に、目に見える形で利益が出るというのは、新しいことをする際にとても重要なことでしょう。

ラシェマンさんの話の中で興味深かったのは、フェルトハイムでは世代交代が順調に進んでいるということです。再生可能エネルギーへの転換を実現させた世代は現役を去りつつあり、彼らの子供の世代がこの村を担うようになってきているそうです。安定した農業と、安くてクリーンなエネルギーの土台が整っているというのは、若い世代にとっては心強いことでしょうし、世界各国から訪問者が訪れる村に対する誇りというのもあるのではないかと思います。

再生可能エネルギーは、初期投資は大きいものの、その後のメンテナンスや原料や後処理に莫大なコストがかかるものではありません。再生可能エネルギーの基盤を整えるというのは、環境のためだけではなく、次の世代に安くて安心して使えるエネルギーを手渡すことでもあります。

フェルトハイムは、「持続可能な社会」という概念が実現可能であることを示す良い例ですが、私がいいなと思ったのは、そんなスゴイことを成し遂げた社会が、本当に地味な田舎だったということです。畑があって、その中に村があって、そのとなりにたくさんの風車と小さな発電所があって、普通の人々が普通に暮らしている。「持続可能な社会」というのは、エコに凝り固まらずとも、頭でっかちの議論に明け暮れなくとも実現できる―いや、むしろ、仕事や、光熱費や、子供の将来といった、生活者としてのリアルな感覚がなければ実現しないのではないかと思いました。そういう本当に現実的なことを考えれば考えるほど、「持続可能でない社会」のナンセンスさや、「再生可能でないエネルギー」の効率の悪さというのが見えてきます。

今後、フェルトハイムのような自治体や団体が増えていけば、地産地消のクリーンなエネルギーはどんどん身近なものになっていくことでしょう。原発に反対するだけでなく、こうした地道な取り組みを支える社会やシステムを整えていく必要があります。

最後になりましたが、今回の見学に同行してくださった慶應義塾大学の小熊英二教授、どうもありがとうございました。

エネルギー自給自足の村、フェルトハイム(2)

今回は、「エネルギー自給自足の村」フェルトハイムで見学したバイオガス発電とバイオマス発電について。

バイオガス発電というのは、有機ゴミを発酵させることで生じるガスを使う発電方法です。バイオガスの設備はこんな感じ。発電所と聞いて想像するより、ずっとこじんまりしています。(下の写真はNeue Energien Forum Feldheimのホームページからお借りしました)

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フェルトハイムでは、地元で飼っている豚と牛の糞尿と地元の農家が作っているトウモロコシ(植物全体を使う)と穀物を使っています。ここに細かく刻まれた植物が入っています。

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糞尿と植物の屑は大きな発酵槽に入れられ、加熱・攪拌されます。ここでの発酵によって、主にメタンと二酸化炭素から成るバイオガスができます。このガスを燃焼させてタービンを回すことで、電気を作ったり、熱を利用したりできます。

この発電施設は常にコンピューターによって管理されています。複雑なメンテナンスは必要ないため、通常は農家の人が時々チェックするだけでいいそうです。

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ガスを作る時に出るゴミは肥料として使われます。この肥料でまた穀物を作って、それを動物に食べさせて、その糞尿や穀物を使って電気を作って、その時にできる肥料でまた穀物を作って・・・と、見事な循環です。エネルギーを供給するために特別なものを作ったというより、農業や畜産業の一環としてこの発電施設があるのではないかという印象を受けました。

調べてみると、ドイツでは農家が糞尿やゴミから出るガスを有効に利用するために小型のバイオガスプラントを作るようになり、それが発展していってエネルギー供給の一旦を担うようになったそうです。今では商業ベースで行われるバイオガス発電も、ゴミ置き場で発生するガスをどうにかして上手く利用できないかという発想から生まれたもののようです。いらない、もしくはあまり利用価値のないものを創意工夫で価値のあるものに変えていく。その合理性は、いろんなものをリサイクルしたりシェアしたりするのが上手なドイツ人にピッタリだなと思いました。環境云々難しいこと以前に、「もったいないじゃないか」というその視点はとても大事だと思います。

さて、次に見たのはバイオマスの発電所。これも発電所と聞いて想像するような大げさなものではなく、ちょっとした工場のような感じです。

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バイオガスとは違い、こちらでは木屑を燃やして電気と熱を作ります。仕組みとしては暖炉のようなもので、火力発電の一種と言えばそうですが、石油や石炭ではなく、木屑を燃やすので「カーボンニュートラル(環境中の炭素循環量に対して中立)」な環境に優しいエネルギー供給方法だと考えられます。

時間や天候に左右されてしまう太陽光や風力と違い、バイオガスやバイオマスはエネルギーを安定して供給できます。また、設備そのものもさほど場所をとらない上に、メンテナンスも簡単なようなので、村や町の単位でエネルギーの自給自足をするならもってこいの方法なのではないかと思いました。

次回はフェルトハイムのプロジェクトがなぜ成功したのかを考えます。

エネルギー自給自足の村、フェルトハイム(1)

フクシマの事故を機に私が知って驚いたことの一つに、あの原発では基本的に首都圏の需要をまかなうための電気が作られていた、ということがあります。「東京湾に原発を、どうせ使うの都会だけ・・・」という反原発の歌がありましたが、送電のコストとその際の電力ロスを考えれば、電気も「地産地消」であるのが一番でしょう。
家庭菜園みたいに、自分のところで使う電気は自分でまかなえたらいいのにな。
市民が自分の手で作り上げる安全でエコロジーでフェアなエネルギーがあったらいいのにな。
そういうのはあくまで理想であって、現実とは程遠いんだろうと思っていたのですが、ベルリンからそう遠くないところに、エネルギー自給自足を実現している村が本当にあるということで、SayonaraNukesBerlinのみんなと見学に行ってきました。今回はその報告をしたいと思います。

ドイツでも唯一という、エネルギー自給自足の村フェルトハイム(Feldheim)は、ベルリンの南西50キロほどのところにあります。トロイエンブリーツェン(Treuenbrietzen)という街の一部ですが、この街はエッセン市やシュトゥッツガルト市より面積が大きく、人口密度は一キロ平方メートル当たり35人。だだっ広い平地に村が点在する、のどかな地域です。フェルトハイムは、トロイエンブリーツェンの中心地からはかなり離れたところにある、人口128人の小さな村です。
今回はこの村の一般公開日ということで、SNBのみんなと一緒にベルリンから車で行ったのですが、そもそも、車がないとベルリンからたどり着くのも難しいところです。(当初、トロイエンブリーツェンの電車の駅から自転車で行けないかと考えていたのですが、当日、やっぱり車で来てよかったと胸を撫で下ろしました)

エネルギー自給自足の村としてのフェルトハイムの運営や広報活動は、この村の振興団体Neue Energien Forum Feldheim (= 新しいエネルギーフォーラム、フェルトハイム)によって行われており、今回の一般公開日もこの団体が主催したものです。村のメインストリートを少し行くと、Neue Energien Forum Feldheim の真新しい建物があります。かつては食堂や納屋などを兼ね備えていたという古い建物は、この日の数週間前に改築が完了したばかりだそうです。中は見学に訪れた人たちや、彼らにケーキや昼ごはんを振舞う村の人たちでにぎわっていました。この建物の床や壁や内装は真新しいものの、間取りには農家の建物の名残を感じることができます。

2階の会議室には外国からの訪問客が持ってきたお土産が飾ってありました。Exif_JPEG_PICTURE

安倍首相夫人もこの村を訪れ、非常に興味を持った様子で帰っていったそうです。大人ばかりでなく、学校の社会見学で訪れる子供達も多いそうで、フェルトハイムは単にエネルギー自給自足を実践しているだけでなく、新しいエネルギーのあり方を考える人たちにとっての学びの場でもあるのだなと思いました。

この建物の裏には風力発電の風車の一部が飾ってあります。

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フェルトハイムには43基の風車からなる風力発電所があります。広い畑の中にたくさんの風車が立っているのは壮観です。(下の写真はNeue Energien Forum Feldheimのホームページからお借りしました)

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今回の見学のメインはNeue Energien Forum Feldheim の近くにあるバイオガスとバイオマスの施設です。この2つは、天候や時間帯に左右されることなく電力を供給することができ、再生可能エネルギーの中でも今後の発展が期待されています。次回はフェルトハイムで行われているこの2つの発電方法について説明します。

第600回脱原発警告行動@ベルリン首相官邸前

7月24日、福島第一原発の事故以後、ベルリン市内にある首相官邸前で、ドイツの市民団体によって毎週欠かさず行われている脱原発警告活動が600回目を迎えた。たった1時間のMahnwache(立ち続けて警告する行為)だ。

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ご覧の通り首相官邸の正門前にも関わらず、警察官の姿はまったくない。

このところ、忙しく出歩くゆとりがない私ではあったが、「今いちど、わたしたちの国の現在の状況を考えてみてください。そして、日常生活のたった1時間で良いので、この警告活動にお集まりいただければと思います。」と呼びかけては、たった1時間どうにもならんわけであるまい!と人の輪に加わらせていただいた。雨脚が次第に強まり、思いのほか体を冷やしたが、途中で帰る者はひとりもなかったように思う。

終了後に、ドイツの市民団体の女性らから「来てくれてありがとう」と声をかけられ、思わず胸に熱いものを感じる。
―来てくれてありがとう―
私たちこそ、この警告活動を続けてくれてありがとう、だ。

Taz記事
http://www.taz.de/600-Mahnwache-fuer-Atomausstieg/!143072/

ご存じベルリン長期在住ジャーナリストの梶村さんによるブログ”明日うらしま”で詳しく記事をどうぞ。
http://tkajimura.blogspot.de/2014/07/600ste-antiatom-mahnwache-am-kanzleramt.html

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メンバーで行っている”フクシマ勉強会”の際に出会ったアーティストのFumico Azumaさんの凜とした姿も印象的。
環境問題をコンセプトに廃品や廃材、自然素材のみで作品を作ったり、ZUZUSHIMONKEYとして同様に廃材などを用いた楽器による実験音楽的パフォーマンスも行っている。先日行われたノイケルン48への出品をはじめ、今後のベルリンでも意欲的に活動される予定だそう。R

盛りだくさんのHPをぜひ。ZUZUSHII ART LABORATORY http://zuzushiiartlaboratory.com/

7月24日 第600回FUKUSHIMA Mahnwacheのお知らせ

フクシマの事故が起きてから、毎週月・木とずっと続けられてきたベルリンの首相府前の脱原発警告デモである1時間のMahnwacheが、7月24日で第600回目を迎えます。
(Mahnwacheというのは集まって立っているだけのデモの事で、ここでは一般的なデモ)

今いちど、わたしたちの国の現在の状況を考えてみてください。そして、日常生活のたった1時間で良いので、この警告活動にお集まりいただければと思います。R

日時:7月24日木曜日 18時ー19時首相官邸正門集合

梶村さんのブログでも、この活動が詳しく紹介されています。
「明日うらしま:ベルリンから脱原発エネルギー転換最新情報/書評・コラム・警告行動600回記念予告」
http://tkajimura.blogspot.de/2014/07/blog-post_17.html