「脱原発の輪」カテゴリーアーカイブ

ベルリンから反戦反核メッセージソング“亡者”リリース

ベルリン在住のコントラバス奏者の安藤明氏がSayonara Nukes Berlinに捧げる楽曲「亡者」をリリースしました。

Mouja (亡者) :
https://akiraandoandthejaps.bandcamp.com/releases

現在、この曲の歌詞は日本語から韓国語、中国語、ドイツ語、フランス語に翻訳され、これからさらに翻訳の輪を広める予定です。
亡者(Mouja)日本語
망자(Mouja) Korean
亡者(Mouja)Chinese
亡者(Mouja)Deutsch
亡者(Môja)French
「亡者」をめぐるエピソード

安藤さんが私に初めて「亡者」のことを話してくれたのは、今年2018年の正月だった。「思いついてある歌を作曲したので、ぜひSayonara Nukes Berlinに捧げたいと思っています」とのうれしい言葉。そこで彼はギターを持ってきて、初めて弾き語りしてくれた。この時はまだジャズ風アレンジがなされていない、生まれたばかりのフォークソングのようだった。長い、難しい言葉はまったく使われてなく、短い表現でありながら明確なメッセージが出ている歌詞にも私は感激し、せっかくこんな素敵な歌を作ってくれたのだから、ぜひ今度のデモ(2018年のフクシマ7周年のベルリンでのデモ)でも発表したいですね、とあまり深く考えもせずに安藤さんに感想を述べたのだった。

そうしたら、その言葉を真剣に受け止め、それならと本当に3月12日に予定されているデモに間に合うよう、アレンジし、仲間のバンドと練習を重ね、録音までしてくれて、この「亡者」は出来上がったのだ。最初は「君は亡者」しかなかったのが、「僕は亡者」という歌詞も生まれた。私はこれはとても素晴らしいと思う。というのは、私たちのように反原発運動をしている人間は、原子力村の人たちだけを非難し、悪者にしてしまいがちだが、実は私たちは自分を特別扱いし、取り除くことはできないものだ。私たちは多かれ少なかれ、皆自分の利益だけを求め、他者を蔑ろにし、人の迷惑顧みず自分さえよければと行動するものだ。そして、自分は何もしてない、と思っている「普通の市民」たちにも、自分が選ばないまでも出来上がった政府の政策を受け入れ、やり放題にさせてきたということで十分責任はある。だから今の状況もある。広島長崎もしかり、フクシマに至ってはなおさらである。

安藤さんがSayonara Nukes Berlinにこの曲を捧げてくれたことに心から感謝するとともに、かなり「耳について離れない」この歌を歌いながら、これからも一緒に核エネルギーと核兵器を世界からなくしていくため、力を合わせていきたいと思う。安藤さん、ありがとう!

梶川ゆう


安藤さんからは以下のメッセージをいただきました。

ヒロシマ、ナガサキ、そしてフクシマを経験し、核の恐ろしさを最もよく知っているはずの日本が原発を止めようとしない。世界各国が原発を捨てていこうとしている今、その流れに逆らうように日本は一度停止した原発を再稼動し続けている。

原発がどれほど危険なものであるかを知りながら、それを見て見ぬ振りをして個人の利益を追求する“金の亡者”たちが存在するからである。“金の亡者”が“力の亡者”(政治家)と手を取り合って原発を続けていこうとしている日本である。

しかしながら、それらの貪欲な亡者たちに彼らのやりたい放題をする自由を与えているのは日本の国民であるということを忘れてはならない。政治に無関心な若者が増えていると聞くが、今や無関心であってはならない時であると思う。第二、第三のフクシマが起こるのは時間の問題である。

人間の制御出来る範囲をはるかに超えた危険な道具を地球上からなくすために、貪欲な亡者たちにブレーキをかけることが私たちの使命であると信じる。

2018年5月   安藤明


安藤明:

1955年10月5日、札幌にて出生。1970年代中期に慶応義塾大学のモダンジャズソサエティーでコントラバスを始め、金沢英明、大場影弘等の先輩達にJazzの基本を教わる。その後、池田芳夫に師事した後、藤原幹典(ts)、清水末寿(as)、渋谷毅(p)等と東京、横浜周辺のジャズクラブで演奏。1970年代の後半に大橋美加(voc.)のバンドに参加し、二村嘉一(p)、松尾明(dms)と共演。

1984年に渡米し、バークリーカレッジオブミュージックに入学、約2年の間Bruce Gurtz (bass)に師事する。1986年にニューヨークへ移住、Regie Workman、Cecil Mcbeeに師事する。その後Billy Bangと知り合い、彼のバンドにべーシストとして参加、オタワジャズフェスティバル、ヨーロッパツアー等で演奏。1980年代の中期にCecil Taylorのビッグバンド(Futongus)にチェロプレイヤーとして参加、ニューヨーク、サンフランシスコで演奏。その他、ニューヨーク在住中にWilliam Parker (bass)、Elliott Levin(ts, fl.)等と共演しレコーディングにも参加。

1998年ベルリンへ移住、Günter Sommer (dms)、Thomas Borgmann(ts, ss)、Willi Kellers (dms)、Floors Floridis (cl.)等のフリーインプロバイザーとドイツ、イタリア、オーストリア、オランダ、スロベニアで演奏。2015年にBoom Box (jazz trio)の一員として中国ツアーに参加。2013年にThe Japs (Butoh dancer を含むジャズバンド)を結成、ドイツ、ポーランドで演奏。ベルリンに移住して以来、Licht und Schatten、 Der sechste Sinn、Zwischen Himmel und Erde等のパフォーマンスを組織し、Werkstatt der Kulturen等のステージで公演。

福島の原発事故以来、活動内容に政治色が含まれるようになり、2014年と2016年にFukushima the aftermath というイベントを組織、公演する。

2014年以来Neuruppin の音楽学校で子供達にコントラバス、エレクトリックベースを教える。2016年10月小瀬泉と共に博多、糸島、八幡、飯田などの都市をめぐる日本ツアーを行い、波多江崇行 (g)、森田修史 (ts), 等と共演。

安藤明さんと共に「亡者」を演奏するバンド

The JAPS : http://aandjaps.wix.com/sitetop

 

 

 

フクシマの女たち・福島原発告訴団団長・武藤類子さんによる 2018年フクシマ原発事故7周年に向けたメッセージ

武藤類子                  福島原発告訴団団長 / ひだんれん共同代表 / 原発いらない福島の女たち

福島に心を寄せる世界の皆さまへ

福島原発事故から7年。今年も3.11がやってきます。

2011年のあの日から、ずっと福島を見守り、手を差し伸べて下さる皆さまに心から感謝致します。

今、福島では帰還、復興、健康作りなどの言葉が飛び交っています。2020年のオリンピックを2年後に控え、莫大な復興予算が投入され、震災の被害が顕著であった沿岸地域を中心に、イノベーションコースト構想と名打ち、廃炉技術やロボットの開発施設、大型風力発電、メガソーラー、木質バイオマス発電所などが建設されています。放射能汚染が最も深刻な福島第一原発立地町である双葉町にも、原発事故の被害の実相を伝えるとうたったアーカイブ拠点や産業会館等が建設を予定され、高校生の修学旅行を誘致しようとしています。福島県は、オリンピックまでにすべての避難者を帰還させたいと考え、海岸線を走る常磐線の全線開通も間近です。

しかしその陰では、著しい人権侵害が起きています。現在推進されている帰還政策は、除染をして元通りの安全な場所に戻ったからお帰りくださいというものではないのです。年間被ばく線量が、原発事故前の20倍である20ミリシーベルトを下回る地域では、被ばくを我慢して暮らせというものです。保養などの帰還後の被ばく防護策は特になく、避難解除後は、帰還しなくとも、精神的賠償や避難住宅の無償提供を打ち切られます。たちまち生活が困窮し、追い詰められて望まない帰還をする人、ホームレスになった人や自死する人も出ている状況です。避難住宅の立ち退きを迫られ、裁判に訴えられている家族もあります。国連人権理事会による人権審査で、国連加盟国4カ国が、原発事故被害者の人権状況を是正するように、日本政府に勧告しています。

原発サイトでも深刻な状況は続いています。トリチウム汚染水の1000tのタンクは800基を超えました。原子力規制委員会の更田委員長、元委員長の田中氏は、「海に流すことが唯一の解決策だ」と地元自治体を回って説得をしています。私が4歳の時に生まれて初めて見た海は、福島県いわき市の海でした。今でもその光景が目に浮かびます。世界の3大漁場と言われ、豊かな生き物たちに満ちていました。そして何より海は世界につながっています。原発事故で既に大量の放射性物質が流されたのに、更に人為的に流し、世界の海をこれ以上汚したくはありません。本来規制する側が積極的に流そうと動いていることは許しがたいことです。現在、福島の漁業者たちが必死でトリチウム汚染水の放出を止めています。どうか世界からも是非声をあげて下さい。お願い致します。

福島県民健康調査における甲状腺検査では、がんとがんの疑いが現在193人となりました。相変わらず県民健康調査検討委員会は原発事故との関連は考えにくいとの見解ですが、この数字のほかに、県民健康調査に報告されていない甲状腺がん患者がいることが昨年発覚しました。県民健康調査の甲状腺検査を受けた後に「経過観察」とされた人が、次回の県民健康調査の前にがんが発見された場合、県民健康調査の報告に反映されていないことが分かりました。その中に何人のがん発症者がいるのか調査すべきだとの声が、検討委員会の委員や市民からもあがり、ようやく県立医大が調査に乗り出すことになりましたが、調査に2年もかけるといいます。原発事故被害者に、唯一行われている健康に関する調査であるにもかかわらず、正しい結果が提供されてはいません。現在、この甲状腺検査に対し、「過剰診断」「学校での検査は人権侵害」「知らない権利がある」などの言葉を使い、縮小しようとする動きがあります。原発事故時に安定ヨウ素剤の配布を拒みさえした福島県は、責任を持って甲状腺検査を継続していくべきです。

一昨年、福島市の高校生が、廃炉作業中の福島第一原発の見学をしたとの報道があり仰天しましたが、その後、福島大学でも、授業の中に原発見学が取り入れられました。全国の高等専門学校でも、原発の廃炉のためのロボットコンテストなどが、避難指示が解除になった町で開かれました。私の住む町に建設された、福島県環境創造センターの放射能教育施設コミュタン福島には、ビジュアルやゲーム感覚で放射能について学ぶ展示がなされています。開所1年で約10万人が訪れ、子どもたちの感想文などを読んでみると、「放射能は危険なだけでなく医学や科学に役立つものであって良かった」「放射能は怖いものだと思っていたが、自然界にもあり、食べ物にも含まれていることがわかり、安心した」「みんながここで学べば福島への差別はなくなる」などが多く見られました。今も存在する放射性物質の危険を正確に認識し、それらから自分を防護することを学ぶ教育とは程遠いように感じます。

このような中で、沢山の損害賠償を求める裁判、行政に施策の誤りをただす裁判、刑事責任を問う裁判が開かれています。民事裁判では、東電や国が津波対策を怠ったことが認められた判決もあります。今年は次々と判決が出てきます。

昨年6月には、福島県民をはじめとする全国1万4千人からなる福島原発告訴団が、福島地方検察庁に刑事告訴をしたことから始まった刑事裁判の初公判がとうとう始まりました。被告人の東電の元最高幹部3人は、自分たちに責任はないと無罪を主張しましたが、検察官役の弁護士は東電の津波対策に対する不作為を証明する、多くの証拠をもって歴史的な闘いを開始しました。是非、注目をして下さい。現在、裁判長に宛てて、「厳正な判決を求める署名」を行っています。福島原発刑事訴訟支援団のHPに英語の署名サイトもありますので、ご協力をお願い致します。

東京電力福島原発刑事訴訟に「厳正な判決」を求める署名(日英仏)

今年の冬は、福島でも厳しい寒さでした。でも凍てつく土の下には、春に芽吹く植物の種が眠っています。新しい時代を夢見ることを忘れずに、今を誠実に生きていきましょう。そして世界の海がつながっているように、私たちもつながり続けましょう。

2018.3.11  福島にて  武藤類子

Freundeskreis Willy-Brandt-Hausでの写真展: Nuclear, Democracy and Beyond開催報告

Freundeskreis Willy-Brandt-Hausで開催していました写真展「Nuclear, Democracy and Beyond. Photographs by Photographs by Ryûichi Hirokawa & Kenji Higuchi」は先週の日曜5月22日をもって当初の展示日程を終えましたが、引き続き6月12日まで会期を延期して同ギャラリーにて展示中です。

 

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展覧会フライヤー全面

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展覧会フライヤー裏面

展覧会のオープニングに先立って4月14日にオープニングセレモニーが開催されました。以下はオープニング当日模様の報告として両写真家へ書かれたメッセージです。 続きを読む Freundeskreis Willy-Brandt-Hausでの写真展: Nuclear, Democracy and Beyond開催報告

Protestival Filmfest「カリーナの林檎ーチェルノブイリの森」 in ベルリン

Protestivalも最後にさしかかった4月23日(土)、『カリーナの林檎~チェルノブイリの森』上映会を行った。

Kalina's apple
公式サイトより

そもそもこの映画をProtestivalで上映することになったいきさつは。。。

続きを読む Protestival Filmfest「カリーナの林檎ーチェルノブイリの森」 in ベルリン

Protestival in Leipzig

Protestival in Leipzig

ベルリンから南東へ200km離れた所にライプツィヒはある。バッハ、ゲーテ、メンデルスゾーンゆかりのある有名人をあげれば数知れず、現代でもライプツィヒは第二のベルリンと言われる文化的に自由な雰囲気を持っている。

チェルノブイリから30年、フクシマの事故から5年ということでこの問題についてより多くの人に再度考えて欲しい、そんな思いからベルリンだけでなくライプツィヒでも上映会を開くことになった。今回はこの街で行なわれた小さな上映会についての報告である。

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4月1日、幸か不幸か最高の天気に恵まれ幕を開けた Protesival in Leipzig。

一日目のプログラムはライブペインティング、グリンピースエネルギーからヨーロッパの原子力発電所の具体的な現状の紹介、そして二本の映画にディスカッション。

会場準備と共に始まったライブペインティング。ライプツィヒ在住の三人のアーテイストによるコラボレーション作品。三人で一つの絵をゼロから成っていく工程は芸術家の感性と遊び心を見せていた。芸術に言葉は要らない。だからこそ、芸術は世界を繋ぐ一つの手だてになる。

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※ 下に完成版が載ってます

まずはグリーンピースエネルギーからの話から始まる。

R0019900ドイツでは2020年まで原子力を止めることは決まっているが、放射線を出し続ける放射能廃棄物の最終処理場の問題は未だに片付いていない。ドイツのすぐ横には原発大国フランスを始めとし、近隣諸国のイギリス、チェコ、スロバキア、ポーランドを始め新しい原子力発電所の建設予定もある。再生可能エネルギーへ転換を図りEUを牽引していくドイツ国民はこの状況に対してどう取り組むべきなのか、またそれに伴う経費についても事細かに話しがあった。この問題は一つの国家の問題として捉えるべきではない、EUという連合体、つまるところ世界的な視野を持つことによって見え方も対応も変わっていくことのだ。アクチュアルな問題である避難民の問題含め様々な問題を抱えるドイツだが、原発についてはそれぞれが意識的に続けていかねばならない。彼はそのことを強調していた。(放射能廃棄物についての問題はこちらをご覧下さい→http://midori1kwh.de/2012/03/11/1512)

上映開始予定16時になっても、空からは春の暖かい日が差し込み、映画を見に来てくれた人も外で太陽の光を浴びたいから上映時間を後にしてくれないかと言われる次第。私自身も公園でごろごろしたいなと思ってしまったが、それは諦め予定通り上映を開始した。

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春のこの時期は多くの人が太陽と共に春のを訪れを実感する。

R0019903一本目の映画〈カリーナの林檎

一本目の映画はある物語〈カリーナの林檎〉。チェルノブイリ近くの街に暮らすどこにでもいる少女についての話で最終的に内部被爆をし病気になる。もし自分の子どもや未来の子どもがそんな目にあうことったらと思うだけで原発にはうなずけない。笑顔でいれば放射能は無くなる。そう言っていた政治家にはこうなることは想像できないのであろうか。翻って今の日本で行なわれている避難区域解除に対して疑問が生まれてくるのも当然ではなかろうか。ただちに影響はありませんでは困る。何かが起きてからでは遅いことだってあるのだ。

一本目、二本目の映画の間には30分程の休憩があり、愛のこもったおにぎり三種(トマトライス、ツナマヨ、タケノコ炊き込みご飯)に卵焼きに白菜の浅漬けもあった。味も見た目も大好評であった。

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二本目の映画〈首相官邸の前で

空も段々と薄暗くなりはじめ、二本目の映画〈首相官邸の前で〉の上映時間。2012年におきた首相官邸前での反原発デモのドキュメンタリー映画。『私はこの映画で楽観主義を広めたいのです。』ベルリンでそう語った監督のメッセージが表した言葉の通り、私はこの映画を見て勇気と希望を頂いた。デモを始め社会活動をほとんど知らずに育った私たちの世代。私たちにも上の世代からバトンが回ってくるし社会に対して責任はある。だからこそそれぞれが学び続け、社会に対して意見を持てるほうがいい、それが民主主義の前提でもあるのだ。

上映後にはこの映画監督である小熊英二氏とのSkypeでのディスカッションが実現した。最後まで残ってくれたのは10人(メンバーも含めて)。人数が少ないことがプラスの効果をもたらし、リラックスした雰囲気でディスカッション(というか座談会。。。)は進行した。現在の日本の市民活動の状況についての話、そして今回の小熊氏の2ヶ月間の映画上映とそれに伴う大学巡業を通してフランスとドイツの学生達の比較も含めたざっくばらんな質問や感想も聞くことができた。

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『20万もの人が首相官邸の前にいながらなぜ報道が少なかったのか、独立しているジャーナリストは何をしていたのか』という会場からの質問に対し、氏の回答としては日本には過去30年近くそういう事が起こっていなかったためそういったことを報道することに慣れていなかったのではないかと言っていた。それが理由だとしても、ジャーナリズムやジャーナリストを育ててこなかった日本の教育の問題点にも疑問が浮かぶ。

『ドイツから学ぶものはあるか』という質問に対しては彼は“地域、共同体の繋がりの強さや関わり方“を挙げられた。

その回答には私も同様のことを思っている。ライプツィヒでもベルリンでもそのような横の繋がりをよく感じる。縦の関係は時に対等であるべき討論を難しくする。上の人が常に正しいなんてことは無いからこそ、何かを決めるときには縦の関係をできるだけ排除して考えるべきだし、上の人も下の人の意見に耳を傾けるべきである。そしてもちろん下の人も上の人の意見には批判的に考えるべきである。そういう上限関係を抜きにしてこそ、地域や市民の運動はより優れたものとなっていくのではないかと思う。

※この企画当初からこの映画監督の小熊氏とはライプツィヒにきてもらうため何度かメールをさせて頂いた。その柔らかい対応と、実際に見るエネルギッシュな姿から学ぶことはたくさんあった。翌日に日本に帰るという強行スケジュールにも関わらずSkypeで対応してくれたこと、この場を借りて感謝の気持ちと敬意を述べたい。

二日目、プログラムはご飯の会に映画に音楽。

当日は日本の家で毎週土曜日に開かれる『ご飯の会』があった。『ご飯の会』は誰もがお客さんであるが手伝いたい人は下ごしらえから参加できるので言い換えれば手伝える炊き出しである。この会はライプツィヒではけっこう知られていて多くのお客さんを集める。ご飯に対して払う料金は自分で決めれるのでお客さんはお金のない学生、ホームレス、アナーキスト、ヒッピーのたまり場にもなっている。(もちろんジャンルに入らない人も多い)  今回は日本の家に来る常連さんが中心の国際色豊かなバンドによるジャムセッションあった。そのためもあって会場は大入り状態で準備した食べ物はみんなの胃の中に消えていった。(日本の家の活動についてはHPを見て欲しい→http://djh-leipzig.de/ja) 

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ご飯の会の料理は基本的にベジタリアン 野菜は財布にも健康にも良い

この日唯一の上映作品、〈太陽が落ちた日〉。原爆と原発、原爆の記憶や経験を持っている人が今の社会をどう見るのか。映画が終わったときには会場からは大きな拍手に包まれた。いいチョイスをした、日本について知らなかったし勉強にもなった。そんな言葉を数多く聞けた。これは是非多くの人に見てもらいたい。

映画のもたらした静かな会場雰囲気の中、音楽が始まった。目で見る芸術とはまた違う表現方法である。だからこそ音楽の感想を事細かに書くことはできないが、会場の雰囲気にあったいい時間であった。

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アンコールが響く中、Protestival in Leipzigは幕を閉じた。

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会場の雰囲気は最高に緩やかだった

次へ向けて

イベントのテーマは反原発で、この問題に対して『反対!』と叫ぶ事は大事だ。しかしそれよりも、未来に対して楽しい明るいイメージを持つことは重要でこういう場を持って、自分の考えを持つべきである。その意味では今回の活動が文化活動と結びついたことは何より嬉しい。なぜなら文化こそが、国や言葉を超えるものになり得るからである。グリンピースエネルギーが述べていたよう、この問題はどんどん複雑化し規模が大きくなっているのだ。それはもはや一つの国のテーマにすべきものではない。一つの社会で起きたこと、起きていることを通しそれぞれがこのテーマについて何か話をし記憶に留めてくれていれば幸いである。

私が今回思ったことは社会活動の難しさはもちろん重要性と素晴らしさである。(Wikipediaによると社会活動の定義は、社会の為に貢献するもの) こういう一つの活動が繋がりを生む。たくさんの感謝や嬉しい気持ちが自分を動かしまた誰かを動かす。それが街や人を活動させることの一歩であろう。

このことも含め私は多くのことを学んだ。だからこそこれからも小さくても何か繋がりを生める様な活動を続けていきたいと思う。

 

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Nuclear energy is for future???
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当日のライブペインティングの作品

今回ペインティングしてくれたアーティストのFacebookファンページ→ https://www.facebook.com/andecian?pnref=story

そして日本の家のご飯の会の特別ムービー!

 

 

上映作品の予告編集

・カリーナの林檎→https://www.youtube.com/watch?v=KypJEW7YBtg

・首相官邸の前で→https://www.youtube.com/watch?v=EFjsarBPAZ8

・太陽が落ちた日→https://www.youtube.com/watch?v=SXuGWRtio1g

JunさんとKimさんとの出会いー韓国における活動

先日に日本に一時帰国したとき、東京のある人と話していて、東日本大震災と原発事故のことを話題に出してみた。

「ああ、そんなこともありましたねえ。」

もうだいぶ昔のことで、もうそれは解決されているかのような言葉に、ちょっとショックを受けた。

人間は「喉元過ぎれば熱さ忘れる」性分だが、あの大惨事の直撃を受けた被災地の人々が強いられた損失は埋められず、もう住めなくなってしまった土地や放射性廃棄物は横たわり続け、今も放ち続ける放射能、そこから生まれる差別や搾取構造などを考えれば、何も解決されていないし何も終わっていない。

放射能のように、それそのものが目に見えないものを問題だと意識するにはそれなりの知識が必要だし、それを周囲に伝えて理解を促すことは簡単ではない。でも、その恐ろしさを知り、またそれが先の世代に対して大きなツケになってしまうと知ってしまったからには、何事もなかったかのように何もせずにいることは、未来に対して無責任だと思わされる。

その簡単でないことを、韓国で続けているJun Sun Kyungさんに出会った。

きっかけは、Sayonara Nukes Berlinメンバーが書いたドイツのブルーベリージャム放射能汚染のブログ記事を見つけたJunさんが、ベルリンに行くのでSayonara Nukes Berlinのメンバーと意見交換したいとコンタクトしてきたことだ。

Junさんはソウルで「安全給食連帯」というネットワークの代表をしている。2人のお子さんを持つJunさんは福島の原発事故以来、食品の放射能汚染の危険性を認識するようになり、子どもたちが学校で食べる給食に放射能に汚染された食材を使わないでほしいと行政に訴えたり、放射能に汚染した食品から子どもを守るための法律作りを目指してロビーイングをしたり、ソーシャルネットワークを活用して情報発信している。

JunさんとKimさんとカフェでお茶を飲みながら。
JunさんとKimさんとカフェでお茶を飲みながら。

「韓国でも、反核については関心はあるが、放射能汚染食品による内部被ばくについては、あまり関心を持ってもらえない。やはりだんだんと人々の関心が薄れてしまって、一緒に活動していた仲間も日常の忙しさのために少なくなってしまいました。」 しかし、明るいJunさんの顔に「だからあきらめる」というネガティブな影はなく、むしろ「だから続けていかなければ」という頼もしさが光る。

人々の関心が薄れようと、放射能はそこにある。出てしまったのだ。

チェルノブイリ事故で低線量被爆国であったドイツは、現在も健康被害が続いているという。*1

日本でどれだけ低線量の汚染食品による長期的内部被爆について認識されているだろう。

日本では、有名人がブログで放射能汚染食品についてちょっと不安をもらしたら、ものすごいバッシングにあったとか。怒りを向ける矛先が違うのではないか!と思う。人々が正直な不安を口にすることができない世の中の空気を作り、「食べて応援」とか「風評被害」などという言葉を隠れ蓑に、本来その怒りを受け止めるべき東電や原発メーカーそして、政・官が、その責任を免れている構造になっていて、結局私たちもそれを容認しているような状態だ。

Junさんのように、子どもを守るため「欲しくありません」と声をあげてもいいのだ。そうした訴えは、批判されたり排除されるべきものではなく、吟味されるべきものなのだ。何よりも「いのち」にかかわることなのだから。

Junさんの今回のドイツ視察の旅には、ソウル市のエネルギー市民協力課で働くKim Hyeon Suさんも同行し、Sayonara Nukes Berlinのメンバーとの会合に同席し、ソウル市の状況をシェアしてくれた。

 

現ソウル市長の朴元淳(パク・ウォンスン)氏は、ソウル市長に当選した翌年の2012年に、原発一基分の発電量に相当するエネルギー削減を目指し、 ”One Less Nuclear Power Plant政策”を打ち出した。きっかけは2011年9月に韓国で全国的規模で起きた大停電。162万世帯が影響を受けた。福島第一原発事故が起きたばかりで、人々の原発に対する不安も高まっていたころだ。行政と市民が協議を重ねた結果、1000万世帯のソウル市の未来に安全で安定したエネルギー供給を引き継ぎたい、という思いから、このOne Less Nuclear Power Plantは始まった。ソウル市にエネルギー設計所が創設され、Kimさんの働くエネルギー市民協力課も設置され、発電、効率化、節電などに関連する71のプロジェクトがデザインされた。

ソウル市のOne Less Nuclear Power Plant Projectの冊子
ソウル市のOne Less Nuclear Power Plant Projectの冊子
2014年までに2百万TOE(1TOE=11.63MWh)のエネルギー削減を目標を立てたが、6か月早く目標値に達し、現在さらに原発もう一基分のエネルギー削減をめざすプロジェクトの第2フェーズ”Seoul Sustainable Energy Action Plan”に入っているそうだ。
2014年までに2百万TOE(1TOE=11.63MWh)のエネルギー削減を目標を立てたが、6か月早く目標値に達し、現在さらに原発もう一基分のエネルギー削減をめざすプロジェクトの第2フェーズ”Seoul Sustainable Energy Action Plan”に入っているそうだ。

公的施設の屋根を市民組合などに貸し出したり、小型ソーラーパネルへの市の補助など、Kimさんからいろいろお話をうかがうと、ソウル市は進んでいるなと感じる。Kimさんから頂いた冊子を読むと、鍵はリーダーの決断力と計画段階からの市民の参画だと思う。一国の首都が国内の脱原発・エネルギー転換のモデルになるという姿はうらやましい限りである。

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20年前に日本に2年間留学していたというJunさんの日本語と、韓国語が流暢なメンバーの通訳のおかげでお二人と良い交流を持つことができた。消えそうな火も連帯すれば灯り続ける。

 

参考:*1 福本まさお著『ドイツ・低線量被爆から28年-チェルノブイリは終わっていない』

http://sayonara-nukes-berlin.org/?p=105

内部被曝を考える

SNBメンバーと菅直人氏との意見交換会

2015年10月14日(水)には,SNB (Sayonara Nukes Berlin) の中から 6 人が菅氏と話をする機会があった.

まずは SNB が2013 年に 5人のメンバーでデモを始めたこと,再生エネルギーの象徴としてかざぐるまを使った「かざぐるまデモ」を行なっていること.そして今年はフクシマ 5 周年であり,またチェルノブイリ 30 年であるのでいくつかの計画を練っていることなどを説明した.

我々と菅氏の意見が様々に交錯する形で活発に交換された.そのいくつかを以下に示す.

  • 脱原発はエネルギー転換の1つのプロセスでしかなく,エネルギー転換としてみることが重要であること
  • 再生エネルギーの普及には何か重要なことなのか: たとえば,優先買取制度の充実の必要性
  • ドイツは脱原発ができたのに,日本でできないのはなぜなのか.外圧は強いのか.政治的な圧力か,産業界の圧力なのか.日米合同の原子力産業界の圧力はある.しかし,政治的には比較的にない.というのも,アメリカは政治的には日本を含む他国が大量のプルトニウムを保持することへの警戒がある.また,アジアの国々が日本は持つ許可があるのに,なぜ自国は持てないのかとアメリカに疑問を呈することに答えにくくなって政治的求心力が低下する.
  • 日本は自由化などで今後,既得権者の力は減ることがあるのか? 現時点では上手くいっていないかもしれない.しかし小売の自由化が始まるのは一歩ではあろう.
菅氏が宿泊するホテルのロビーで。次の講演会に向かう合間の時間を取ってくださった。
菅氏が宿泊するホテルのロビーで。次の講演会に向かう合間の時間を取ってくださった。

原発はそもそもなくすことができるのかという話題には,菅氏は政治的な立場は違うと前置きした上で,比較的楽観的に考えていると答えた.というのも,結局はわかってくると長い目で原発は金にならない.他の技術と違い,年々安くなることもない.工業技術で金にならないものは残らない.世界的に見て今世紀中にはなくなっていくのではと考えている.しかしそれで間に合うのかという方が問題である.我々の中にも同様,地産地消の経済(里山経済)に競争で負けていくことを予想する意見もあった.

原子力爆弾を持ちたいという人々の圧力は,という質問もあった.我々にも現実的に考えれば,たとえそうでも現在日本の保有するプルトニウムで既に大量に作れる.これ以上持つ必要もないし,50基も持つ意味がないという意見があった.では,イデオロギーの問題かということには,菅氏はイデオロギーですらなく,既得権者が利権にしがみついている問題と考えているとのことであった.したがって自然エネルギーなどへの転換が1つの柱になる.

また,市民運動をしてきた先人としてアドバイスをという質問に菅氏は,まず楽観的に考えること.そしてしつこく,あきらめないこと.市民の運動は簡単に上手くいくものではない.また,菅氏は自身には鈍感力が強いのではと分析された.たたかれてもあまり気にならないそうである.そして,基本的に市民運動は大変ではあっても楽しいことも多々あるということである.

原発・エネルギーの技術に非常に精通しておられ、また元首相であることを忘れさせる気さくさである。
原発・エネルギーの技術に非常に精通しておられ、また元首相であることを忘れさせる気さくさである。

事故当時に一人になるとどうでしたかという質問には,チェルノブイリではソ連は軍を投入して,最初の10日間で急性被曝が原因で30人近くの死者を出すという,命を省みずに処理したという報告を読んだことがあった.そのため,福島でも同じことをしなくてはいけない状態になったら,と考えると寝られなかった.ということである.

1時間半ほどのミーティングは様々な意見交換があり,時間を忘れてしまった.最後に記念写真をとってミーティングは終了した.

今後も原発をない世界を目指し,少しづつ,しかししつこくあきらめないで行こうと思った.

最後に記念撮影。今回ドイツ語にも訳された菅氏の著書「東電福島原発事故ー総理大臣として考えたこと」をいただいた。
最後に記念撮影。今回ドイツ語にも訳された菅氏の著書「東電福島原発事故ー総理大臣として考えたこと」をいただいた。

菅氏の一言 blog

シュピーゲル・オンラインが菅直人とおこなったインタビューの日本語訳(無限遠点ブログ)

 

アベ政治を許さない0815 / Nein zu ABEs Politik 0815

アベ政治を許さないSNB

”アベ政治を許さない”

日本では多くの憲法学者が憲法違反だと指摘し、国民の大多数が反対している「安全保障関連法案」が7月15日に強行採決されたことを受け、この安倍政権の暴挙に対し日本では作家の澤地久枝さんの発案で、この法案に反対する新しい試み「アベ政治を許さない」一斉行動アクションが行なわれました。日本の第2次世界大戦の終戦記念日である、本日8月15日ドイツ時間の14時 、ドイツのさようなら原発デュッセルドルフの呼び掛けに賛同し、私たちSayonara Nukes Berlinもこのプラカートを掲げて連帯の意思を表明します。

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こちらの写真は、8月1日に行われたSNBの親睦会で撮影されました。

親睦会の中では、来年の3月、チェルノブイリ30年フクシマ5年の節目にベルリンで何ができるだろうか、参加した一部のメンバーでざっくりと意見を出し合うなどもしました。

私 たちは現在20人程のバラエティ豊かなボランティアスタッフで成り立っています。私たちは、老若男女問わず、ごく普通の主婦や学生、社会人の集まりです。 設立当時からの理念で、「原発をはじめ、社会の様々な問題について考え、活動していく事と同じように、メンバーそれぞれの日常生活、仕事、学業なども大切 にしていきたい」そんな思いから、メンバー各自がそれぞれのできる範囲内で参加しています。ベルリンにお住いのみなさん、私たちと一緒に活動してみません か。

グループの活動に関する質問なども合わせて、どうぞお気軽にご連絡ください!R
E-mail: info[at]sayonara-nukes-berlin.org
Facebook:https://www.facebook.com/sayonara.nukes.berlin
Twitter:https://twitter.com/NoNukesBerlin

かざぐるまデモ2015

経産省前テントの危機と木内みどりさんから届くバナー。

国会議事堂周辺で続けられている金曜デモでもおなじみの経産省前テントがいよいよ撤去の危機に迫られています。明日の2月26日に結審となるようです。

こちらのテント前広場には、SNBメンバーもたびたび訪れては交流をはかってきました。過去のブログ「かざぐるま@金曜デモ!」でも触れています。日本での原発反対運動のともし火が消えないよう、みなさんからの抗議と支援のメッセージをお願いします。

詳細は以下のフライヤー(日・独文)をご覧ください。自由に拡散してくださって結構です。

Japanese テントチラシ D (neu) テントチラシ・2015・02・19

Germany テントチラシ・2015・02・19

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木内みどりさんから戴いたお写真、経産省前にて。

また、折しも今年の3月7日のかざぐるまデモに向けて、女優の木内みどりさんが自費で製作された経産省前テントとお揃いのバナー「DON’T FORGET FUKUSHIMA」が贈られることになりました。この場を借りて今一度お礼を申し上げたいと思います。ありがとうございました。みどりさんの熱い思いがあふれるブログ木内みどりの発熱中!「次から次へと伝えたいことが…」の後半にも書かれています。

Sayonara Nukes Berlinがベルリンの地で独自にデモを立ち上げて3年目を迎えようとしています。日本とベルリン、脱原発を目指してどんどんみんなの気持ちがつながって行きます。頑張れ経産省前テントひろば!R

2015年3月7日はベルリンかざぐるまデモ

 

IWJの岩上安身さんとベルリンで対談!

数ヶ月前、ドイツの国際放送Deutsche Welleのラジオ番組を作るという大学院生のプロジェクトで取材を受けた。ケルン大学に留学しているというメキシコ出身の彼女は、数あるトピックの中から、東日本大震災・原発事故のことを選んでくれたようだ。インタビューの最後に、震災を通して学んだことは何ですか?と聞かれ、私の口から出たことは、

「政府は信用できない、ということです」

だった。

そんな質問が来ると思っていなかったから、そういう答えを準備していたわけじゃない。

ここのところ、“今報道されていることが本当のことかどうかわからない”ことがわかってきたこと、報道を鵜呑みにして思考停止してはいけないという思いを抱き始めたことが、こうしてとっさに言葉に出たのかも知れない。

そして先日、ああ、やっぱりそうだ・・・と思わされる話を聞いた。

9月、国際シンポジウム* に参加するため来独したインディペンデント・ウェブ・ジャーナル(略称:IWJ)代表でジャーナリストの岩上安身さんがベルリンに取材のため立ち寄り、私たちのグループのために時間を取っていろいろお話ししてくださった。

(*ドイツ、エアランゲンでのシンポジウム「災害、デジタル公共性、民主主義の未来」に同じく出席したジャーナリスト高松平蔵氏の報告→ http://toyokeizai.net/articles/-/48727 )

岩上さんは日本のテレビ番組でもコメンテーターとしておなじみだそうだが、私は岩上さんとIWJのことを『自由報道協会が追った3.11』を読んで知っていたので、直接お話が聞けることはうれしい機会だった。

岩上さんは、これまでのご自身の豊富な取材経験から得た鋭い洞察力で、今世の中で起きている出来事を、一般メディアであまり報道されない視点で続々と切っていき、私も頭が追いつくように必死に聞き入った。お話の内容があまりにもボリュームがあったので、主要なトッピックをざっと箇条書きにしてみる。

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TPPで日本はアメリカの経済植民地になる

新自由主義は一部にしか利益をもたらさず国内投資なし、一層格差を広げる、刹那的

安倍首相や竹中平蔵氏などは新自由主義者である

米「ジャイアン」と日「スネオ」(←岩上氏命名)的関係の従米政権

アメリカの日本改造の意図をあからさまに言及する米政治家の発言や報告書の存在

エネルギーと覇権、軍事、通貨

ロシアとヨーロッパ、アメリカの関係

ウクライナのネオナチ、ウクライナ戦争の真相、アメリカの偽証

マレーシア航空墜落事件やISISの背後にあるもの

PNAC(アメリカ新世紀プロジェクト)とアメリカのネオコン

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話の中で、岩上さんが 「あることがないことになっている」とされる、と言った。

その言葉を聞いて、福島の放射能汚染、被曝についてもぴったりと当てはまるな、と思った。

原発のことだけではなく、「慰安婦」をはじめとする歴史認識問題、集団的自衛権行使のための憲法解釈変更などについても、今の日本政府やそれに迎合するメディアには、

「あることがないことになっている」

「問題のすり替え」

「なし崩し的に」

この3語が当てはまると思われることが、あまりにも多くないか。

日本の「記者クラブ」は大手新聞社の記者のみが許され、フリーランスのジャーナリストは入れてもらえないそうだ。それゆえ、現在の日本の大手新聞、テレビというのは、自由な報道がなされない体質になっていきてるようだ。だから、IWJのような、独自に取材をし、インターネットで情報を配信する独立したメディアがこれから真実を伝えていくキープレイヤーになっていくに違いない。

人はそれぞれ自らの経験や見聞したことから物事を判断するが、私もそのプロセスを経た上で、岩上さんから聞いたことに納得する部分が多々あり、一般に報道されていることをそのまま信じていたら、とんでもない誤った理解をしていたところだ、と思わされた。

いろいろお話を聞いて、今の日本像や世界像が私の中でなんとなく浮かび上がってきた。

このままじゃ、いけない。

IWJ岩上さんと原さん

IWJ代表の岩上安身さん(右)と、スタッフの原さん in Berlin

  ※インディペンデント・ウェブ・ジャーナル(略称:IWJ)は、ジャーナリスト岩上安身氏が201012月に設立した、インターネットを活用し、市民に根ざした新しいジャーナリズムのありかたを具現化するインターネット報道メディア。岩上氏の本拠地として、また、岩上安身の提唱する「兼業ジャーナリスト(市民ジャーナリスト)」「中継市民」の活躍の場として、日々、情報を発信している。

その活動を支えているのが一般市民からの会費やカンパだが、まだまだ運営費全体をカバーするほどの収入はないそうだ。今の日本に危機感を覚え、自分に何ができるのか?と悶々としている人は、IWJの会員として、こうした真実を伝える独立したメディアの存続を支えていくことも一つだろう。

ホームページでは、配信された動画のタイトルが並ぶ。それを目にすれば、今あなたが本当に知らなければならないことが見えてくるだろう。 http://iwj.co.jp/