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2018年国際ウラン映画祭ベルリン

2018年国際ウラン映画祭ベルリン(10月9日~14日)

閉会式での記念撮影   Foto: Marek Karakasevic

今年も10月に国際ウラン映画祭が開かれた。去年は松原保監督の「被ばく牛を生きる」と坂田雅子監督の「私の終わらない旅」をドイツ語に字幕翻訳したが、今年は敢えて訳す必要のある日本語の映画はなかったため、私は応募されてきた日本関係の映画を見て推薦することと、ダンスパフォーマンスをオーガナイズするだけにとどまった。オープニングと閉会式(授賞式)だけツァイス大プラネタリウムで、あとは去年と同じくKulturbrauereiで映画上映が行われた。

スペシャルメンションを受賞した森山氏         Foto: Marek Karakasevic

唯一日本からは同志社大学の大学院グローバルスタディーズ研究科で博士論文を書いている森山拓也氏が、トルコに滞在している間に撮ったというトルコの反原発運動がテーマの短編ドキュメンタリー映画「Unsilenced」が出品され、あまり知られていないトルコの市民運動に光を当てたことを評価して「スペシャル・メンション」を受賞した。この短編ドキュメンタリー映画は、安倍政権の売り込みで日本の企業が受注した原発建設に反対するトルコでの反原発運動を、三権分立をなし崩しにしてしまうエルドアン大統領の憲法改正という他人ごとではない政治の右傾化に合わせて取材した作品である。フクシマ事故を起こした日本がやはり地震の多いトルコに原発を建設しようとしていることを日本人として捉え、トルコの反原発デモのシュプレヒコール「沈黙するな、原発に反対」に共鳴し、「黙っていてはいけない、声を出し続けなければいけない」という意味で「Unsilenced」というタイトルをつけた、と森山氏は語っている。だからこそことに日本人にとってはメッセージ性の高いものだ。彼は2016年3月にベルリンを訪れていて、その時にかざぐるまデモに参加してくれたそうである。(彼とのインタビューは文末を参照)

私はかねがね、日本とトルコは今あらゆる意味で類似性があると思っていたが、この映画の中で運動家のある女性がこういう言葉を語っていることが頭に残った:「トルコ人はなんでも『神』に委ねます。すべて、神がいいように導いてくれる、それに任せていればいい、ということで自分の意思でなにかを変えていこうという姿勢がない、それが致命的なのです」言葉は少し違っているかもしれないが、この姿勢も、一神教の強い神はもっていない人が多い日本人だが「お上に任せておけば」「仕方がない」と受け身で、自ら自分たちの住む環境、政治を変えていこう、という人が少ないことに関しては、これも似ていると感じてしまった。トルコでは国民投票でほんの僅かな差で賛成が上回り、憲法改正(改悪)をエルドアンに許してしまったが、そんなことが日本で起こらないことを願うばかりだ。

また日本をテーマにしたものとして、スイス・フランスの監督が製作した「フクシマの半減期(Half-life in Fukushima)」があった。この約1時間のドキュメンタリー映画では、フクシマ原発事故があってすべてを失った農家の男性が、「ここまで失うものをすべて失ったから、もうどうでもよくなった。だから、自分の息子一家はこんな危険な地帯には絶対帰ってきてはいけないが、俺はもう失うものは何もないから、うちに帰るんだ」と言って、線量の高い帰還困難地域に敢えて年老いた父親と二人で帰り、水道さえ繋がっていない孤独な中で、家畜に餌を与え、家族の墓を訪れ、かつての生活がすべて失われた町や森の光景を静かに見守っている松村氏という男性の生活をなんの説明やコメントもなく追った映画である。変な説明や分析が入らないだけ、その虚しさ、やるせなさ、生活や故郷を失うという悲劇が心に沁みる、静かなドキュメンタリー映画だった。

あと特筆したいのは、アメリカが40年代50年代に数々の核実験を行ったマーシャル諸島出身の詩人Kathy Jetnil-Kijinerがその悲劇と核実験の残した傷痕や死の灰の現実を感動的に謳い上げた詩を、圧倒されるような海と空と砂浜の自然の中で読み上げるポエトリー・フィルム、「Anoined(聖別)」だ。ビキニ環礁の壮大で美しい自然の中にまるでSFでもあるかのように建つ、この素晴らしい場所を人の住めない場所にしてしまった放射性廃棄物の墓地とでも呼ぶしかないドームが映る。たった6分の映画だが、とても心を揺さぶる映画だった。

今回は、ウラン採掘と放射能汚染をテーマにした映画が目立った。マンハッタンプロジェクトのためにウラン採掘がポルトガルでも行われたこと、それからグランドキャニオンなど、アメリカ先住民たちの保留地で今、トランプ政権によりウラン採掘が行われようとしていることをテーマにした映画も、その背景が詳しくわかるドキュメンタリー映画があった。ことに、インディアン保留地近くの核実験やウラン採掘計画などは、インディアンに対する差別問題と繋がっていて、とても身につまされるインタビューなどもあった。どこでも核の問題は差別と繋がっている。

また、グリーンランドのウラン採掘計画を扱った映画(Kuannersuit/Kvanefjeld)では今、ウランの採掘計画の賛否をめぐってグリーンランドの住民が真っ二つに分かれているということを知った。原発建設をめぐって住民が真っ二つに分かれる、というのは日本でもよく聞いた話だ。グリーンランドの南部にある原住民の町Narsaqは、世界でも最大級のウランが眠る山のふもとにある。グリーンランドはかつてデンマークの植民地で、現在でも経済的にデンマークに支えられて存在している。それで、デンマークからグリーンランドが経済的にも完全に独立するには、ウラン採掘が唯一のチャンスだと思っている人たちがウラン採掘を支持し、片やウラン採掘が行われたら、その近郊での農業を始め、人々の生活が危険に晒されることになると、自然保護を求めて反対している住民もいる。その二つの議論が平行線をたどっているのだが、こうして賛成推進派と反対派を二分して対立させてしまうのも、核・原子力の特徴なのかもしれない。このドキュメンタリー映画は30分ほどだが、そのほかにもグランドキャニオンやマーシャル諸島などの映像と同じく、圧倒的で神々しい大自然の景色が画面いっぱいに広がり、どうして人はこれを壊し、その内側に眠るものを掘り起こそうとするのか、その底知れぬ人間の欲の大きさに、改めて気持ちが萎えるような感じであった。

マペットのマスコットをもって授賞式に立つ監督二人。  Foto: Marek Karakasevic

今年の映画は一部の短編を除いて、私にとってはドキュメンタリー映画の出来としてはインタビューが多すぎたり、くどかったり、全体的に長すぎたりして去年ほど「これは」と思うものは少なかったのだが、それでも内容としては学ぶことが多く、良心的にこうしたテーマをしっかり扱い、インタビューや調査を続けて発表するジャーナリストがいることをありがたく思うし、同時にこのウラン映画祭の意義を感じた。重苦しくなりがちなこのウラン映画祭の核に関するテーマを、ユーモラスにわかりやすく扱ったことが評価され、マペットショー映画「Freddy and Fuzmo Fix the World」も受賞した。

卓志とマクシム           Foto: Marek Karakasevic
マクシムのパフォーマンス  Foto: Marek Karakasevic

私は今年は映画の字幕翻訳はしなかったが、その代わり10月13日土曜日にはダンスパフォーマンスをオーガナイズした。本当はSNBのメンバーで毎年デモでパフォーマンスをするカズマ(Kazuma Glen Motomura, Bodypoet)が去年から「ぜひウラン映画祭でパフォーマンスしたい」と言っていたので推薦したのだが、あいにく彼は当日ミュンヘンで公演があってベルリン不在、それで彼の代わりに、デモのパフォーマンスでもよく参加し、私たちが主催したProtestivalの時にはWilly-Brandt-Hausでの写真展オープニングの時にカズマと一緒に素晴らしいパフォーマンスをしてくれた皆川卓志君と、カズマの推薦で、チェルノブイリ事故をテーマにダンスパフォーマンスをしているウクライナのマクシムがパフォーマンスすることになった。最初はカズマがProtestivalの時に作った自分の短編動画「Lies & Harmony」を上映し、その後に卓志君が「アベノミクス」をもじりながらAve Mariaを歌ってガスマスクと共に「アベ」を土に葬り、そのあとマクシムがチェルノブイリ事故発生当時の音声を入れたビデオを背景にダンスパフォーマンスをした。合計15分だったが、力強く、評判がよかったので喜んでいる。

映画祭の画面にはSNBのロゴもちゃんと載っています!   Foto: Marek Karakasevic

2018年のウラン映画祭に出品し「スペシャルメンション」を受賞した森山拓也氏に最終日に短いインタビューをした。

 

 

 

 

森山拓也氏とのインタビュー

森山拓也氏(筆者撮影)

―森山さんがどうしてこの「Unsilenced」を作ったのか、経緯を教えてください。

僕はフクシマ事故のあった2011年に初めてトルコを訪問し、それからトルコ語を勉強しに何度も滞在することになりました。日本でもフクシマ事故の後原発問題についていろいろ考えるようになっていて、デモなどにも行ったりしていたので、トルコではどうなっているのか興味があったので、人に聞いたり、調べたりして、だんだん深くトルコの反原発運動について知るようになりました。トルコでは1970年代から原発の建設計画に反対する運動が始まっていたのです。映画は大体2016年に撮影したんですが、フクシマ事故の後、日本がトルコに原発を輸出することに決まりました。それまでに何度もトルコに行き、トルコ語も自由になってきて、グローバルスタディーズを専攻する中、このトルコでの反原発運動を自分の研究テーマとすることに決め、それでインタビューや撮影を始めたので、それがまずこういうドキュメンタリー映画という形になったわけです。

―私はこの映画を見て、フクシマ事故を起こしながらさらに原発を輸出しようとしている日本にとってメッセージのある作品だと思ったのですが、これはもう日本ではどこかで上映されたのですか?

横浜の「横濱インディペンデント・フィルム・フェスティバル」で準優秀作品に選ばれたのですが、残念ながらここでは、優秀作品に選ばれた作品しか上映されないので、実はまだ一般の映画館などでは上映されていません。愛知県のマイナーな映画祭や自主上映会といったところで上映しているだけです。

―森山さんは、2016年にベルリンでかざぐるまデモで一緒に行進してくださったとのことですが、Sayonara Nukes Berlinに対して一言メッセージをお願いします。

フクシマの事故が起こってから、日本でも反対運動は広がったと思います。今でも毎週金曜日に集まっている人たちがいます。でも、日本での一般市民の現状はあまり世界では知らされないことが多いと思います。報道されるのは国、政府の政策や企業の進出、プロジェクトなどで、市民がどのように反対したり、行動しているのか、あまり聞かれない。それで僕も、政府や役人、企業の言っていることではなくトルコの市民の意見を聞きたくて、取材をするようになったのです。だから、Sayonara Nukes Berlinにもそういう日本の市民の実際の姿や意見をドイツでも伝えていってほしいと思います。

上映した作品よりも前に作成した、5分間の短編がオンラインで視聴できるようになっています。映画祭上映作品とはバージョンが異なりますが、興味があればどうぞご覧ください:

https://vimeo.com/180398868

(ゆう)

 

第6回 国際ウラン映画祭ベルリン2017

2017年10月11日から15日にかけて、ベルリンのKulturbrauereiの映画館で、ベルリンでは第6回目になる国際ウラン映画祭が開かれた。今年はそのプログラムの一環としてツァイスのプラネタリウムで協賛団体である
ドイツIPPNWが「世界の被ばく者」というパネル展示会を催し、そこで数本の短編映画も上映されるというおまけつきだった。

私はベルリンに来てからこのウラン映画祭を何年も一般の観客としてみてきたのだが、これからは積極的に応援していきたいと思ったのは、核・原子力・放射能を巡る問題だけをテーマにした映画(ドキュメンタリー、劇映画、アニメ、短編長編すべてを含む)を集めた世界でも稀なる映画祭があることにとても感銘を受けただけでなく、実際に私も知らなかったあらゆる世界での核に関する問題を提示され、勉強させられたことが少なくなかったからだ。同時に、広島・長崎やフクシマをテーマに、日本だけでなく世界中であらゆる映画が作られ、紹介されてきている。まだドイツでは紹介されていないものも多く、いい作品をここで紹介する橋渡しができるのではないか、翻訳などで協力することができるのではないか、と思っていた。また、去年Sayonara Nukes Berlin(以下SNB)がProtestivalでいろいろイベントをしていた時、ウラン映画祭でもチェルノブイリ30周年を記念したイベントを催したのだが、その時にSNBの代表として私をパネルディスカッションに呼んでくれたことをきっかけに個人的な交流が始まっていたことから、今回のベルリンでの映画祭にもっと強く関わることとなったのである。

でも、私が参加することを決定した理由は実は、もう一つある。去年「最優秀賞」をこのウラン映画祭で受賞した、フクシマを(一応)テーマにしたドキュメンタリー映画を見て、非常に失望したことだ。こんな映画に賞を上げるのか!と憤然としたくらいだった。あまり失望したのでそのことはその授賞式の際、監督とのトークで私は自分の意見も述べたくらいなのだが、この映画ではフクシマの問題というよりは、イタリア人のジャーナリストが個人的に菅直人(以下すべて敬称略)と親しいらしく、なんだか菅直人がそこで「ヒーロー」のように扱われており、そこで菅直人が自宅でくつろぎながら話している内容は、私たちにとってはまったく新しいことでも何でもないのに(これに関しては菅直人は本も出版し、それがドイツ語にも訳されている)、それをあたかも「スクープ」したかのように報告しているドキュメンタリーになっていることに私は面食らったのだった。それで、あまりに日本の事情を知らない人たちが映画を選んでいるからこういうことになるので、これは、もう少し日本のことを知っている人が映画祭のチームに入らないといけないのではないかと思ったのが、私の正直の気持ちだったのだ。

それでSNBとして、日本の映画の紹介に関して援助できることがあったらしたい、という申し出をしたところ、彼らも大変喜んでくれ、それでSNBが協賛団体として参加することになったのは、SNBのミーティングでもいつか報告したとおりである。

Aya Domenig作「太陽が落ちた日」
坂田雅子作「私の終わらない旅」

去年のウラン映画祭後から、2017年の準備に関わるようになり、それまであまり充実していなかったホームページの日本語版を少しずつ訳し始めたり、フクシマをめぐる映画、または日本の監督の作品を推薦してほしい、という要望に応え、新しい映画ではなかったが、私たちがProtestivalでも上映し、素晴らしかったAya Domenigの映画「太陽が落ちた日」と、その前にACUDでSNBが上映した坂田雅子の「私の終わらない旅」を推薦し、彼らに応募してもらって、この二作が上映される運びとなった。

松原保作「被ばく牛と生きる」

また、私とは別のルートで、フリーでドキュメンタリー映画監督、カメラマンとして活躍されている松原保が、「被ばく牛と生きる」というフクシマ事故後、被ばくした牛たちを殺さずに飼い続ける畜産農業に携わる人たちを巡る感動的なドキュメンタリー映画を応募したことを知った。坂田雅子とは二年半前にベルリンで会ってから、個人的に親しくさせていただいていることから、「いつかドイツ語の字幕が作りたいね」と話していたこともあったので、この機会に、ベルリンで上映される時には、やはりドイツ語の字幕があった方が観客には理解されやすいので、字幕を作ることとなった。

また、「被ばく牛と生きる」は、日本語版と並んですでに英語版が出来ているのだが、これも映画祭の方から、できればドイツ語訳を作ってほしいという希望があったので松原監督とコンタクトを取ってスクリプトをいただき、翻訳することになった。二作とも長編の映画で、ナレーションやインタビューシーンが多いため翻訳するテキストは多く、大変な作業ではあったのだが、私にとってはとても勉強になり、そしてやりがいのある仕事だった。もちろん、ドイツ語が母国語でない私は、翻訳を最終的にはいつものように大切な友人Annette Hackにチェックしてもらった。この二作の翻訳を仕事の傍ら完成させたのが9月の頭くらいである。私が関わることになった映画の翻訳を仕上げる上でAnnetteが気持ちよく協力してくれたことにここで改めてお礼を言いたい。

プログラムができ、今回は合計で27本の長編・短編映画が上映されることとなった。今年はブラジルのゴイアニアで起きた放射能事故からちょうど30年前になることから、それをテーマにした映画が多く上映されただけでなく、その記録写真展が展示され、生存者の一人で被害者グループの代表として活躍しているOdesson Alves Ferreiraが来独してその話を語った。そのほか、上映作品の監督が何人も訪れ、その作品の上映後には監督トークが行われた。松原保・坂田雅子両監督もこの映画祭のためにベルリンに来独したので、ここでは通訳を務めた。

このウラン映画祭は、リオデジャネイロに住むドイツ人のジャーナリストであり、自分でもかつてゴイアニアの放射能事故に関する映画を作ったこともあるNorbert Suchanekが2011年に始めたもので、翌年の2012年からはベルリンでも毎年開かれている。私が最初にこの映画祭に注目し始め何本か映画を見に行ったときは、私を入れて二人か三人ほどしか観客がいないようなこともあって、Pankowの映画館で寂しい思いをしたものだが、ベルリンのオフィスを代表して一人で奔騰しているJutta Wunderlichの努力の甲斐あって、去年くらいから規模が少しずつ大きくなってきた。協賛団体も増え、公的な団体、国会議員やベルリン市議会議員なども「後援者」となるほか、スポンサーができたことから、場所もKulturbrauereiの映画館という、町の中心に移ったし、プログラムも充実してきた。イベントを計画して実行に移し、運営することの大変さを、私も去年のProtestivalでいやというほど実感したが、それを続けていくことの意義を思って7年間映画祭をあらゆる困難を顧みず続けてきた人たちの尽力は素晴らしいし、また、SNBのようにそれを協力する人たち、団体たちも増え続けているのはうれしい。私は個人的にも映画が好きで、ことにこうした社会的、政治的テーマをたくさんの市民に訴えていくには、映画という媒体は適していると常々思っているからこそ、これまでもSNBで数々の映画を上映する努力をしてきたわけだが、それで今回からウラン映画祭を積極的に応援できることになって、私としては、自分の興味のある部分、能力を生かせる部分で運動を続けていく、ということがこういう形で実現できるのはうれしいと思った。

SNBのステッカーを手に授賞式で話をする松原保氏
受賞したトロフィーを持つ松原さん夫妻と私

最終日には数本映画が上映された後、賞の発表があった。最優秀賞に今回選ばれたのは「ムルロアから愛をこめて」という、フランスが行った一連の核実験で被ばくした元兵士や軍務関係者をレポートしたフランスのジャーナリストLarbi Benchiha監督のドキュメンタリー映画だった。短編映画最優秀賞にはブラジル・ゴイアニアの放射能事故をテーマにした劇映画Algo do que Fica (Something that remains)が選ばれた。それから今年は特別にBerlin Audience Awardというのが作られて、松原保監督の「被ばく牛と生きる」が受賞した。ジャンクアートを製作するブラジルのアーティストGetúlio Damadoが一つ一つ手作りする賞がそれぞれ手渡されるのだが、私は松原監督に賞を渡す役を引き受け、その時にSNBからのプレゼントとしてエコバッグとNo Nukesのステッカーを数枚贈らせてもらった。その時には舞台でばっちり、SNBが毎年かざぐるまデモを行っていることも宣伝してきた。

授賞式で

外で見ているのと、実際に運営に参加するのとでは大きな違いがあることは当然だが、成長しつつあるこの映画祭にもまだまだ改善の余地が多分にあることも分かった。賞を渡すのは意味のあることかもしれないが、数名でスタートさせた当時よりずっと規模も大きくなった映画祭では、Juryのメンバーも明記して、透明性を持たせるべきだし、今回は一つ一つの映画に「Filmpate」というのを設けて、俳優や舞台監督などにそれぞれの映画を推薦させる、というふうにしたのはいいが、それがあまり効果的に使われなかった(何のためにその人がいるのかわからないなど)、司会や進行などでも「素人的」な発言などが目立ってしまった、監督とのトークなどでも、司会がある程度リードしないと、誰かの発言が長くなりすぎてしまうなど、そばから見ていて気になるところはいくつかあった。

あまり「プロフェッショナル」になりすぎて大げさだったり尊大になったりするのはもっと嫌だから、そういう意味では「素人的」な部分があるのはいいのかもしれないが、こうしてたくさんの人を集めてイベントを行う以上、ある程度の枠は維持しないといけないように思った。でも、SNBでもデモの後、毎回「反省会」をしていることを伝え、この映画祭でもしようと呼び掛けたところ賛同を得、さっそく今週ウラン映画祭ベルリンスタッフで集まって反省会を行うことになっているので、いろいろ話し合い、来年は今年気になった部分を改善した素晴らしい映画祭が開けるよう、私も自分のできるところで努力したいと思う。私は、松原ご夫婦と知り合いになってお話がいろいろできたのが楽しかったし、今次のドキュメンタリー映画(ドイツの脱原発、エネルギーシフトをテーマ)を製作中の坂田雅子を手伝ってインタビューの通訳をしたりして、また充実した時間が持てたので、けっこう疲労はしたが、受け取ることの多い濃厚な時間だった。いい作品を紹介することで、ベルリンの市民に、核・原子力の恐ろしさ、核の鎖を断ち切る以外にないのだということを改めて考えてもらう機会を作ることに貢献できたことを喜びたい。これからも、SNBが「この作品はぜひベルリンでも紹介したい」というような映画があれば推薦し、ウラン映画祭で見られるようにしていければいいと思う。(ゆう)


国際ウラン映画祭 サイト:http://uraniumfilmfestival.org/de

日本語サイト:http://uraniumfilmfestival.org/ja

『太陽が落ちた日/ Als die Sonne vom Himmel fiel』 公式ウェブサイト(英/独):http://www.alsdiesonnevomhimmelfiel.com/

『私の終わらない旅』 公式ウェブサイト(和/英):http://www.cine.co.jp/owaranai_tabi/

『被ばく牛と生きる』 公式ウェブサイト(和/英):http://www.power-i.ne.jp/hibakuushi/