参議院議員選挙とはなんぞや。

ある日、イタリア人の20代の友人が「大切な選挙」のために、イタリアに帰国した。

この先もずっと、しらんぷりの大人にはなりたくない。私たちの国の政治も、しらんぷりを続けていられるような状況ではないはず。この2年の間にも、多くの犠牲を払ってきたのではないか。それでも、総体的に見て日本国民の持つ危機感は、このイタリア人の友人ほどにはないように感じられるのが残念でならず、以来どうしてなのだろうかと考え続けている。ひとつに、日本の民主主義は人々が勝ち取ったものではなく与えられたものだとはライプツィヒ大学の小林敏明教授。私たちは、今まさにその本当の意味での民主主義を自らの思いによって育み始めたばかりなのかもしれない。

―選挙の仕方がわからない、どういう仕組みで候補者が“当選”するの?―

このもやもやを少しでも解消し、私たちに課せられた国民の義務と責任を果たすべく、みなさんのひとりひとりが積極的に政治に関心を持ち参加できるような世の中にしていきたい。

今回は参議院議員選挙とはなんぞや?というワケで・・・

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7月28日に任期を終え、改選される議員121(総定数242人の半分)を選出する事になっている参議院議員選挙。

「選挙区選挙」と「比例代表選挙」と云う2つの選挙で議員を選出します。

【選挙区選挙】

候補者個人に投票。各都道府県単位で行われ、総定数は146名。今回の選挙では改選を迎える73名を選挙。

*都道府県ごとの「候補者名」を書いて投票します。

【比例代表選挙】

候補者個人または政党等に投票。各政党等の得票数に応じて議席を配分する。全国を1つの選挙区として行い、比例代表選出議員の定数は96人で、今回の選挙では改選を迎える48人を選挙。

*お住まいの地域に関わらず全国の比例区代表の「候補者名」または「政党名」を書いて投票します。

参議院議員選挙の場合「非拘束名簿式」と云った、候補者個人名による投票の他、政党名による投票、政党等が候補者を届け出る際に提出する名簿に記載された候補者のうち得票数が多い者から順に当選人が決定する制度がある。

 耳慣れない言葉、ややこしや「非拘束名簿式」とは?

http://www.senkyo.metro.tokyo.jp/h16sangiin/hikousoku.html(東京都選挙管理委員会のページ)

以上それぞれの候補者について、インターネットで各都道府県の選挙管理委員会のページなどを見てみましょう。あるいは、気になっている政党のHPでも党の掲げる選挙公約や各地区ごとの候補者などを知る事ができます。

例えば東京都選挙管理委員会 http://www.h25sangiinsen.metro.tokyo.jp/

ベルリンでの在外投票は始まっています。

国外からも投票できる在外選挙というシステムがあり、ベルリンでは75日から始まっています。14日の締め切りの後、日本に郵送されるみなさんの一票は、21日の日本の選挙当日にひとつになるのです。

在外選挙人証とパスポートを持って、会場へ。

投票期日: 7月5日から7月14日
投票時間: 午前9時30分から午後5時まで
投票場所: 在ドイツ日本国大使館:Hiroshimastr.6,10785 Berlin

国外にお住まいの方で、在外選挙の仕組みについて知りたい方は、お住まいの国の日本大使館や、日本の外務省のHPでも知る事ができます。手続きには時間がかかるため、今回は間に合わなかったとガッカリせずにこの機会に登録手続きをしましょう!

コチラ外務省:在外選挙(http://www.mofa.go.jp/mofaj/toko/senkyo/index.html)

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「そうだ!選挙に行こう!」

私の一票はたったの一票。だけど同じ気持ちが集まればやがて国を動かす大きな力にもなる。
嫌な事を嫌だと言おう!私は”No Nukes!”その為にも選挙に行きます。R

Sayonara Nukes Berlin
info[at]sayonara-nukes-berlin.org

Endstation Krasnokamensk

先日、ロシアのウラン採掘場のある街についての映画
Endstation Krasnokamensk. Ein Heimatbesuch (Final Destination Krasnokamensk. A Visit Home)
を見ました。
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クラスノカーメンスクは、中国とモンゴルの国境の近くにある人口5万5千人ほどのロシアの街です。1963年にこの街の近くでウランが発見され、1969年に街ができました。延々とステップが広がる「なんにもない」ところに、ウランを採掘するために作られたこの街では、毎年3000トンのウランが採掘され、それはロシア全土のウラン生産の90%を、世界レベルでみると約10%を占めているそうです。

「地の果て」にあるウラン採掘の街には刑務所もあり、数年前にそこにロシアの大物実業家が収監されたことで注目を浴びましたが、メディアにおけるこの街の描写というのは惨憺たるものです。
この映画の監督の一人であるオルガさんは、16歳の時にこの街を離れてドイツに移住しました。クラスノカーメンスクで子供時代を過ごした彼女にとって、自分の記憶にある街と、メディアで取り上げられる街には大きな隔たりがありました。実際にクラスノカーメンスクとはどんなところなのかという彼女の問いに加え、そこで暮らしているであろう、会った事のない彼女の父親を探すというのが、この映画のストーリーです。

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かつては地図にも載せられず、訪れるには特別な許可が必要だった街、クラスノカーメンスク。
どんなに物々しいところだろうか?
放射能の影響はどれほど深刻なのだろうか?
住民はどんな犠牲を強いられているのか?
そもそもそんなところで撮影をして大丈夫なのか?
そういう思いでこの映画を見ると、カメラに映し出される人々の明るさ、素朴さ、そして無邪気ともいえる雰囲気にびっくりするでしょう。街の成立40周年のお祭りに沸く街に、放射能汚染の影をみつけることはできません。
40年前に作られたであろう団地が立ち並ぶ町並みは、私の感覚では美しいとはいえないのだけれど、インタビューを受ける人々は口々に彼らの故郷の美しさと「普通さ」を強調します。ウソをついているのではなく、故郷に対する愛着と誇りから本心で言っているのでしょう。ドイツからはるばる戻ってきたオルガさんは人々に暖かく迎えられ、カメラを向けられた人はみな、それぞれの言葉でクラスノカーメンスクを語ります。

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「放射能の影響はないんですか」という問いをオルガさんは至るところで発するのですが、人々はいたって無頓着です。全然大丈夫だと言い張る行政側だけでなく、一般の住民からウラン鉱山で働く労働者まで、誰も深刻に考えていません。「ウォッカを飲めば大丈夫だとどこぞの教授が言っていた」だの、「どのみち死ぬんだからいいんじゃないか」だの、「汚染された石や服を家にもって帰るわけじゃないから平気だ」だの言う人がいる一方で、「気にはなるが、だからといってどうすることもできない」というのが大方の意見のようだと思いました。
「気にはなる」という程度で留まっているのは、言うまでもなく、クラスノカーメンスクの人々が放射能に関する知識とそれに対応するための十分な情報を持ち合わせていないからです。
行政側が根拠にする統計では、放射能による明らかな健康被害を証明することはできません。
病院は先天性異常や流産に関して「そういうこともあるけれど、それはタバコやお酒の問題なのだと思う」という返事をします。体調が悪いと言う人も、それを放射能のせいだとは断言しません。
事故で亡くなれば本人が悪いということになり、働けなくなってもちゃんとした補償はされません。
一方で、若くして亡くなった人の話や、肺の検査をうけるように勧める通達が貼られていたりと、そこここに放射能の被害が現実にあるのではないかと思わせる部分があります。

実際にウラン採掘に関わっている人々はというと、彼らの関心は放射能ではなく、労働条件です。
ソ連時代は非常に優遇されていた労働者が、今では生活の基盤すら脅かされる程度の賃金しか与えられず、彼らいわく「奴隷のような」労働に駆り出されているのです。昔からウラン採掘に関わってきた人々にとって、正体のつかめない放射能より、日々の生活に直接響く労働条件のほうが深刻なのです。
かつて国の根幹をささえているのだという誇りを持って働き、それに見合った待遇を受けていた人々が、今では私有化された企業の末端で使い捨てにされている。その現実に労働者は憤っても、ウラン採掘そのものを問題視することはありません。

「どうしようもない。」これがクラスノカーメンスクの人々の放射能に対する認識なのだと思います。労働条件の悪さを訴えれば「嫌なら辞めてください」と言われるだけ。クラスノカーメンスクを出ようにも、どこへ行って何をして暮らせばいいのか。人々はその閉塞感の中で、「今までどおり」に暮らしているのです。

映画が終わってから、監督の二人を前に質疑応答がありました。
ジャーナリストの女性が、「なぜもっとちゃんと調査しなかったのか、問題だと思う」という意見を述べ、面白い議論が起こりました。「これはロードムービーであって、ジャーナリズムの作品ではない。厳密な調査をするとなれば全く違う作品になっていただろう。クラスノカーメンスクのいろいろな立場の人に話をきけたが、ひとつの結果を出そうという意図はない」というのが監督2人の答えでした。
もう一人のジャーナリストの女性が「こういうテーマを扱うのに無責任なのではないか」というようなことも言いましたが、それは会場からもブーイング。私も、この映画が「ひとつの真実」を追求するのではなく、クラスノカーメンスクに存在する「たくさんの事実」を描き出したことを評価したいと思います。
原子力産業は、ウラン採掘から放射性廃棄物の処理に至るまで、多くの人々の生活と結びついたものです。それは、日本でも言えることではないでしょうか。原発をやめるとなったら、今までそれに依存してた自治体や人々の生活はどうなるのか。地域の誇りだった産業が悪と断罪された時、人々はその故郷とどう向き合えばいいのか。

質疑応答のあとで、もう一人の監督であるマリアンネさんと話をしました。はじめてクラスノカーメンスクに行ったのが2009年で、映画が出来上がったのが2012年ということで、その間に起きたフクシマの影響はあったのかと聞くと、全然なかった、との返事。「心配する声があったとすれば、それは原発が減ることで彼らの仕事が無くなるのではないかという事だ」という話を聞いて、なるほどと思いました。そこにウラン採掘を環境や健康の問題として考える私たちと、生活の糧としてとらえるクラスノカーメンスクの人々との決定的な立場の違いを読み取ることができるでしょう。

低予算の映画なので、大きな映画館で定期的に上映されることはないと思いますが、(ロシア語のインタビューにドイツ語のナレーションと字幕なので)ドイツ語かロシア語が堪能な人にはオススメです。(文責:KIKI)

参考
Endstation Krasnokamensk. Ein Heimatbesuch. Ein Dukumentarfilm von Marianne Kapfer & Olga Delane. 87min (2013)
トレイラー(英語):https://www.youtube.com/watch?v=dgjJF0sz_Bw
写真はフェイスブックからお借りしました。