公開討論: 破局後五年目のフクシマと今後

3月11日ベルリンはノイケルンのWerkstatt der Kulturenでさまざまな分野の芸術家たちによる「Fukushima the Aftermath(フクシマ、その余波)」という記念の催し物があり、この日は午後三時ごろから夜遅くまで多くの人が会場を入れ代わり立ち代わり訪れました。この公開討論はその催し物の一環として行われたものですが、企画およびそのオーガナイズにはわれわれSayonara Nukes Berlin(以後SNB)のメンバー梶川ゆうさんが精力的にアンガジェしてくれました。

まず司会をしてくれた『Strahlentelex』のトーマス・デルゼーさんが5年前を振り返りながら挨拶をした後、会場のキャパを超えた百人ほどの参加者全員で震災犠牲者のために1分間の黙祷。デルゼーさんはSNBの立ち上げから一緒ですから、もうおなじみですね。デルゼーさんなどというより、トーマスのほうが通りが良いかもしれません。

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トーマス・デルゼーさん

オープニングを飾ったのは朗読。まずアメリカの作家フィリップ・ルイスさんが世界中を放浪してきた経験をもとにフクシマに捧げる英語詩を朗読し、ドイツの作家であり反原発の活動家でもあるトラウデ・リュールマンさんが自分のこれまでの運動体験を回想するような散文詩を披露してくれました。

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フィリップ・ルイスさん
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トラウデ・リュールマンさん

討論の最初は日独双方の原発事情に詳しいジャーナリストの福本栄雄さんの報告です。福本さんの専門知識についてはわれわれも勉強会を通してよく知っていますね。彼は去年2度原発事故の被災地域を訪れていますが、今回はそのときに取材したことを写真を使って詳しく報告してくれました。印象的なのは、ゴーストタウンと化した街々の光景にくわえて、いたるところに除染作業でできた汚染土の入った黒い袋が山積みになっているグロテスクな光景でした。こういうところで本当に住民の「帰還」などできるのだろうかというのが、福本さんの疑問です。また報告では避難者と避難先住民とのコンフリクトや帰還をめぐっての避難者どうしの対立、帰還をあきらめて移転した人たちが移転先で受ける差別などの厳しい現実問題が提示されました。今話題のヨーロッパの難民問題ともつながる話です。

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福本栄雄さん

これを受けて梶川ゆうさんがSNBを代表する形で、やはり自分の現地訪問の体験をもとにコメントをしましたが、彼女は「すべてを失ってしまった人」との出会いがいかに大きなショックであったかを切々と語ってくれました。

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梶川ゆうさん

討論のもうひとつの眼玉となったのが、リュヒョウ‐ダンネンベルクの環境市民運動を代表するマーティン・ドーナートさんです。リュヒョウ‐ダンネンベルクといってもピンとこない人は、ゴアレーベンといえばわかるでしょう。最終処理場問題と核廃棄物を収納したカストア輸送問題で40年近く粘り強い反対運動が続けられているところです。

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マーティン・ドーナートさん

ドーナートさんも事故以来2012年と2014年の2度放射能測定器片手にフクシマを訪れているそうですが、その見聞をもとに彼が指摘したのは、除染しても除染し切れない作業の矛盾、また被曝犠牲者が除染に駆り出されるという不条理な事実でした。そしてゴアレーベンやフクシマの経験を通して原発は民主主義とは相いれないテクノロジーだということを力説しました。日本の「原子力ムラ」の実態を見るまでまでもなく、これは本質的な問題ですね。原子力の存在そのものがヒエラルヒーや隠蔽構造を必然的に生み出してしまいますから。ドーナートさんは、偶然フクシマの事故が起こる3カ月前に行われた原発についての国際集会に参加したとき、日本の原発関係者が「われわれは原発をよく知っている」と吹聴していたのは何だったのかと皮肉なコメントも付け加えています。

その後原発ロビーのことなどがテーマになりましたが、福本さんは日本では地元民が賛成してしまう構造や反対運動に対する地元民のシラケのようなものが運動を妨げている現実を指摘するとともに、数合わせに堕した日本の「民主主義」にも疑問を投げかけました。これも「民主主義」とはそもそも何なのかという問いを突き付けるという意味で、あらためて考えさせられる問題です。

日本通のデルゼーさんも反原発の声が強いのに安倍自民党を選んでしまう選挙民の矛盾を指摘するとともに、原発廃棄を決めたドイツでも最近揺りもどしの動きが見られると言います。ドーナートさんによれば、これももっぱら経済的利益が優先するからであり、ヨーロッパはまだこの危険を免れていないと言います。具体的にはイギリス、ベルギー、ハンガリーの原子炉の危険性も指摘されました。

これに答えたのが、「.ausgestrahlt」の活動家ヨヘン・ステイ氏の言葉を文字った「市民参加とはコストや間接損害に参加することではなく、われわれ自身、われわれの生命/生活、そしてわれわれの環境にとって何が許され、何が許されないのかの決定に参加することにほかならない」という梶川さんのメッセージでした。

デルゼーさんからは自分たちが過去30年にわたって行ってきた市民による自主的な放射能測定の経験が語られましたが、今や日本でも100を超える測定グループができているということです。こういう日ごろの地道な活動が大事なんですね、やっぱり。

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左から福本栄雄さん、梶川ゆうさん、トーマス・デルゼーさん、マルティン・ドーナートさん

後半の話題は再生可能エネルギーについてです。福本さんが、日本は再生可能エネルギーのポテンシャルがドイツの何倍も高いのに、実際にそれがなかなか伸びないのは原発を推進しようとする現政権がそれを意図的に抑えているからだと発言すると、ドーナートさんは「原子力ムラ」に対しては粘り強い戦いをしていく必要があることを力説。そして原発のコストが非常に高いものであることをもっと認識すべきだということも。

最後は会場との質疑応答になり、電力事業の独占、批判力のない日本のジャーナリズム、日本人のチェルノブイリへの関心、原発と軍事との密接な関係、過疎地域といった重要な問題が出されましたが、もちろん限られた時間のなかでは充分に論議することは不可能でした。問題の広がりを知るだけで良しとすべきでしょう。

参加者のなかには韓国の人もあり、日本の対岸に建てられている韓国の原発の実情を説明するとともに、反対運動のためには国際的な情報のネットワーク化が必要であることを訴えました。

もっとも印象的だったのは、司会のデルゼーさんが、なぜゴアレーベンでは何世代にもわたって運動を続けてこられたのかと質問したとき、ドーナートさんが、運動には「アトラクティヴなもの」が必要だと答え、その「アトラクティヴ」とは再生可能エネルギーだと断言したことです。運動はたんに破局というネガティヴな面を告発したり批判したりするだけでは長続きしない。そこには人にポジティヴな気持ちを与えるようなファクターがなければならないが、それがまさに再生可能エネルギーのもつポテンシャルにほかならないということです。これを受けてデルゼーさんも運動には確かに「喜び」が必要だと述べました。

悲愴な顔をして叫ぶばかりが運動ではありません。ましてやこの先何十年何百年、いや永久に続けていかなければならない反原発・脱原発の運動を考えるとき、運動のなかに何かポジティヴなものがあること、これは単純な言葉に聞えますが、長い実践を積んできた人たちの実感として深く耳を傾けるべきことだと思います。

そういう意味では、いろんな「役者」が「楽しく」活動しているわれわれSNBというグループならぬグループは、なかなかイイ線をいっているのかな、とひとりニンマリもしたのでした。
あらためて震災犠牲者に合掌。

3月12日binmei記

写真 三浦公道

 

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