Protestival Filmfest「カリーナの林檎ーチェルノブイリの森」 in ベルリン

Protestivalも最後にさしかかった4月23日(土)、『カリーナの林檎~チェルノブイリの森』上映会を行った。

Kalina's apple
公式サイトより

そもそもこの映画をProtestivalで上映することになったいきさつは。。。

上映する映画を何本にするかも決めてはいなかったが、すでに2本はいろいろなめぐりあわせで上映させてもらえることになっていた。他に何かないかしら。。。とインターネットで検索していたら「カリーナの林檎」という映画が目に留まった。ドキュメンタリーではないようだが、どんな映画だろう。予告編を見ると、少女カリーナの無邪気な子どもらしさと美しい風景が印象的だった。さっそく、公式サイトのコンタクト欄から問い合わせ、Protestivalのコンセプトペーパーを送ったところ、映画制作した今関あきよし監督ご本人から返事が届いた。

「あなたたちの活動に賛同します。どうぞ上映なさってください。」

11月に日本に一時帰国した際、今関監督に東京でお会いした。

なぜ、そしてどのようにしてこの映画がつくられたか、福島のこと、原発のこと、今の日本の政治こと、いろいろとお話しして「ここにも私たちと同じような思いで何かをしようとしている人がいる」と励まされた気持ちになった。

もう決まっていた2本の映画はドキュメンタリー。だから「カリーナの林檎」のように、反原発運動にかかわったことのなくても見ていただけて、メッセージを伝えられるものが一つあってもいい。メンバーと相談し、決定した。

上映日はチェルノブイリの事故日に近い4月23日にした。会場はベルリン国際映画祭の中心になるポツダム広場のFilmhausにある知る人ぞ知る映画館Arsenalの小ホール。Arsenalはオフィシャルな上映プログラムの合間に、良い作品を上映する市民グループなどに寛容にも無料で会場を貸してくれる。さすがはベルリンだ。

『カリーナの林檎』はこれまで日本以外、イタリア、アメリカ、フランスなど海外でも上映されているそうで、場所それぞれで反応が違うとのこと。さて、ベルリンでの反応はいかに。。。土曜日も昼間という時間帯にも関わらず、50人以上が来てくれた。

上映前に映画を紹介する今関あきよし監督
上映前に映画を紹介する今関あきよし監督

映画は少女カリーナが、地面から石ころを選んで拾い、宝物のようにハンカチに包む無邪気な姿から始まる。チェルノブイリ原発のあるウクライナの隣国、ベラルーシ国に住むカリーナは、夏休みの最後を大好きなおばあちゃんと過ごすため美しい自然のある田舎の家に来ていた。

公式サイトより
公式サイトより

カリーナの一家もかつてこの家に住んでいたが、チェルノブイリ原発事故後、年老いた人々を残し、若い家族はみな都会に避難したのだ。カリーナのママは発病し入院。一家がバラバラになっていた。みんな一緒にいたいのに、どうして一緒に住めないのか。ある日カリーナは入院中のママにこんな話を聞かされる。「チェルノブイリという街には悪い魔法使いが住むお城があって、毎日毒を撒き散らしているのよ」 やがてカリーナ自身も病に倒れる。そして同じ病院に入院する子どもたちも死んでいく。

公式サイトより
公式サイトより

「神様が何もしてくださらないのなら、私が悪い魔法使いに頼んで毒を撒くのをやめてもらおう」 意を決したカリーナは病院を抜け出し、一人バスにのって、田舎の家に。灯りがともる家の中におばあちゃんの姿を見届け、”悪魔のお城”チェルノブイリを目指して極寒の森の中を進んでいった。

公式サイトより
公式サイトより

大人の視点で「なんとばかげた話だ」と笑うのはたやすい。しかし、暗闇の恐怖や肌に突き刺さるような寒さにもかかわらず、愛する人たちを守りたいという思いでその決意を全うしようと行動する小さなカリーナに私たちは何かを学ぶはずだ。

私には、カリーナが、大人ができないことをやってのけようとした勇敢なアクティビストのように見えた。

映画の中には原発や放射能といった直接的な言葉はほとんど出てこない。そしてラストに不気味な静けさの中そびえるチェルノブイリ原発が浮かび上がる。カリーナの、子どもたちの上に降りかかった悲劇の源泉が。人類はなんというものを作り出してしまったのか。。。

上映後の監督トークで、撮影の状況を少しお話しいただいた。

この物語はフィクションだが、今関監督チームがベラルーシに何度も行っておこなった綿密な現地取材を元に作られた限りなく事実に近い物語だ。チェルノブイリにも撮影に行き、カメラなど撮影機材の除染をどうしたらよいかなど、いろいろと調べることが多くて大変だったそうだ。

Arsenal小ホールでの上映会 (Photo by Aikiyoshi Imazeki)
Arsenal小ホールでの上映会
(Photo by Aikiyoshi Imazeki)

何度も足を運ぶうち、現地の病院で働く人や患者の子どもたちとその家族との交流も生まれた。病院のシーンでは実際に入院していた子どもが出演している。家族が「記念に出演させてほしい」と申し出てきたそうだ。また、病院でホスピタル・クラウン(病室を訪問して入院している子どもたちに笑顔を送る道化師・パフォーマー)として奉仕していた女性が病院の医者役を演じている。

観客からの質問は、映画についてというより、日本の反原発運動の状況、日本の情報開示の状況、福島の状況についてが多かった。

「日本人はあんな事故があったのに、どうして反対運動をもっとやらないのか」

「日本では放射能に関する情報がきちんと伝えられていないのではないか」

「溢れるように電力を使う消費社会こそ見直すべきではないか」

それだけ人々の関心がそこに向けられているということだろう。

「電気を湯水のごとく使う消費社会こそみなおすべきではないか」の発言にみなうなずく。
「電気を湯水のごとく使う消費社会こそみなおすべきではないか」の発言にみなうなずく。(Photo by Akiyoshi Imazeki)

数日後、当日質問できなかったが、映画についての感想を送ってきてくれたドイツ人参加者がいた。

「私の娘はチェルノブイリの事故2週間前に生まれました。桜の木の下で彼女が乳母車に揺られていたとき事故が発生したのです。あの時の私は母親としてこんな最悪のことが起きるなんて予想もしていませんでした。この映画は上映される場所によって反応が様々だと聞きましたが、私は映画を見ながら追体験しているようでした。私にとってカリーナの物語はとても惹きつけられるもので、あの時の感情が引き起こされるような感じでした。東ドイツで育った私は、映画の中のロシア語の歌が40年前に学校で習った歌ですべて覚えていたことにも驚きました。チェルノブイリの事故をメルヘンのように描いて伝えることが可能なのか、してよいものなのかあれこれ疑問に思っていました。しかし、カリーナとおばあちゃん、母親との関係が描かれていた映画は、それは可能なのだ、と思わせるものでした。」

SNBのメンバーも今関監督と映画のこと、日本のこと、政治のことなどの話題でいろいろ意見を交わし、とてもよい交流ができた。はるばるベルリンまで来てくださった今関監督に感謝したい。

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