民主主義、それは捨ててもいい ツァイトオンラインの記事和訳

Japan: Demokratie, das kann weg

―民主主義、それは捨ててもいい

 

 
日曜の参院選で、日本人は彼らの自由について採決するのかもしれない。安倍首相はそれを制限したい。しかし多くの有権者はそれに気づいていないようだ。
 
フェリックス・リル、東京、ツァイトオンライン
 
東京の通りのプラカードはいつもと同じような約束を意図する。
安倍が首相になってから近年の快適なテーマ:人びとにもっとお金が回るために消費税の値上げの遅延。
より多くの雇用をもたらす経済回復。そして国家の強化:日本はもちろんすべての人の福祉のため、ますますグローバル化する世界で力強さを保つ。誰がそのような曖昧な言葉で表現したアイデアにノーを言うでしょう。
 
安倍晋三は2012年、2013年、2014年の選挙の勝利の後、今回も過半数を制するようだ。日曜、日本人は影響の少ない参議院の選挙をする。そこで242議席の半分が新しく与えられる。まず第一に、重要でない投票には見えるが、国を根本的に変化させる選挙になる可能性がある。つまり安倍は、自民党とその同志で三分の二議席が取れるなら、彼の好きではない日本の憲法を変える重要な障害物を取り除くことを完了し、日本はもう第二次世界大戦後に自由であった国ではなくなるだろう。
 
三年半前から、有罪判決を受けた戦争犯罪者である総理大臣の孫、62歳のナショナリストは、かつて日本をアジアの中の最初の自由な民主主義国家にした分子を弱らせようとしている。彼の経済戦略による経済ブームを約束し、2012年の年末には確かな過半数で選挙された後、まもなく特定秘密保護法を通過させた。それからは政府がある際どいと判断したテーマを公衆から遠ざけておく権利があり、告発またはそれについての報道は今では刑務所で処罰される。
その上まもなく安倍は日本国憲法の新しい解釈を達成した。第二次世界大戦の後で戦勝国の米国に決定的に書かれたテキスト、憲法9条はいかなる場合も武力の行使を禁止する。
 
安倍のようなナショナリストから見ると日本は9条によって去勢されている。多くの人々が憲法違反だと考え、アンケートでは日本人の多数が誤りであるとした新しい解釈は、ある特定な条件で軍隊の海外派遣を容認する。例えば日本の存在に関わる意味のある連合国の安全を防衛する場合。新解釈は国防予算の増員と日本の軍需品の輸出の新たな可能性を伴う。
去年安倍内閣は学問に的を絞った。すべての国立大に宛てた手紙で、当時の文部科学大臣が、大学から社会学と精神科学をなくすことを催促した。研究と教育は、実用的でもっと応用的な教育を提供し、社会のニーズにより望ましく適合させるべき。これに従い、コンピューター、ロボット工学と医学のような学科を増進させるべき。哲学と外国語ではなく、これらは未来の成長産業部門である。政府は、学校では生徒と教師は政治的な活動をしてはいけないということを明確にした。公にイデオロギーにとらわれない学習空間を保証するためだ。
(本記事の中の “praktischere, mehr angewandte Bildung anbieten, die besser auf die Notwendigkeiten der Gesellschaft eingestellt” は、本来は実際の大臣の文言をじかに表しているのですが、原文を見つけることができなかったため、こちらも翻訳しました)
※後半部は近々更新します。

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Verfassung wie in den 1930er Jahren

-1930年代の様な憲法

 

これらの多くの歩みは一つ一つ見ると、今の日本の特殊な状況によって正当化できる。日本は北朝鮮や中国のような好戦的で拡張主義的な国々に囲まれていて、NATOのような軍事同盟のメンバーでないので、平和主義の憲法の新解釈には意味があり得る。その上、太平洋での戦略的提携国アメリカは、徐々に軍事展開を縮小している。

同様に安全保障は正当化できる:すべての国は同じような法律を持っている。なぜ日本はいけないのか?しかし、この場合のタイミングが怪しい:安全保障はいつ実施になったかというと、福島の事故の後で、政府と東京電力の有罪と公然の陳述の嘘を明らかにしている詳細が重ねて表面化していた時であった。安全保障が実施になってから、福島については妙に静かになった。報道の自由の国際的比較で、日本は他の自由な国より大変に遅れを取っている。また研究と教育への干渉の理由は、就職市場とイデオロギーにとらわれないことだけでないようだ。安倍の文教政策の反対者は、ますますの経済化だけではなく、反政府勢力が口止めされることにも慷慨している。そしてそれらは特に学校や精神科学と社会学の学部に集中している。

現在、安倍の自民党の半民主主義的志操を一番明らかにしているのは参院選で可能になる予定の憲法改正である。安倍は、平和主義的な9条だけでなく、出来れば全てのテキストを作り直したがっている。政府党の憲法案によって、表現の自由と集会の自由は公の秩序に障ると、すぐ制限できるようになる予定である。憲法案では公の秩序というものは定義していない。だが、インプリケーションが明らかである:それによって、個人の権利は集団の権利に従属させられる。東京の名高い明治大学の法学教授のローレンス・リピタによると、安倍が予定している憲法テキストの人間像は1930年代のそれだ。

改憲案によっては、今後の憲法改正も今より簡単になる。今までは、衆院でも今選挙される参院でも三分の二以上の賛成の上に国民投票が必要だが、新しい憲法ではその障害物を安定多数まで下げる。衆院では、安倍の自民党と憲法改正を望んでいる他の勢力は必要な賛成を得そうだが、参院では得るのが難しく121のうち79の賛成票が必要である。憲法改正が国会を通るのであれば、何人かのオブサーバによると多くの投票者の政治的常識が足りないために国民投票はより低い障害物となる。

現実となれば、日本は報道の自由と世界一流の研究の展望、一意的で平和主義的な憲法にさようならと云うだけではなく、どの現代的な民主主義国家にもある一番基本的な自由も、個人的な政治家の見計らいに依存するものになる。それを止めるために、野党は珍しく力を合わせた。社会民主党と共産党は今回の選挙で共同に候補者を立てている。安倍晋三がこれ以上に強くならないように。
それが足りるかは不確かである。安倍の選挙対策の焦点にあるのは、前の三つの選挙の時と同じように、多くの投票者がまだ期待をかけている経済政策のテーマである。その上、3.11以来、当時の政権を握り、一番力を持っている野党の民主党(現民進党)の信用性は大変に弱くなっている。
前回と同じように、有権者の半分ぐらいは選挙に行かないだろう。多くは失望している。だから、安倍晋三は比較的高い支持率を得たまま、それが変わらない様に特に何もしなくてもいい。彼はただ経済政策の他に何を企画するかについてあまり高らかに話さないほうがいい。しかし、それは熟練している。

(2016年7月14日更新)

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元記事

Japan: Demokratie, das kann weg | ZEIT ONLINE:

http://www.zeit.de/politik/ausland/2016-07/japan-oberhaus-wahl-demokratie-shinzo-abe

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