福島県教育委員会作成放射線教育用学習ビデオ教材についての勉強会 (2)

2.2 放射線のおはなしビデオ

放射線のおはなし(低学年)というビデオをマー君達と見て,僕らは少し話し合った。このビデオの話のすじはこういう感じだ。(読者にはもし機会があれば実際のビデオを見て欲しい)

放射線について勉強しましょう。

でもまず「生きるために必要な 4 つのこと」を考えましょう。

水は生きていく上で必要なものです。
土は生きていく上で必要なものです。
火は生きていく上で必要なものです。
空気は目に見えないけれども生きていく上で必要なものです。

では,目に見えないけれどもまわりにあるものについて考えます。
宇宙はどこにありますか? 空の高いところにあります。
太陽から届くもの,それは光,熱,紫外線,放射線です。

私達の身のまわりには放射線がある。放射線は見ることも音として聞くこともできないが,測ることができる。

放射線はレントゲン写真として役にたっている。
放射線を使って殺菌することで役にたっている。
放射線はジャガイモの芽がでないようにするために役にたっている。

原子力発電所では,生活の役に立つ電気を作っていた。
東日本大震災が起きて,事故で放射線が漏れ人々が避難した。
どうして人々は避難したのだろう?

火は沢山あると火事になる。
水は沢山あると嵐や台風で洪水。
火や水と同じく放射線も多すぎると危険,だから避難した。

これから放射線について学んでいきましょう。

別にいい話じゃないかと思うかもしれない。マー君はどういうメッセージを受けとったかな。メッセージって何かって? どんなお話にもメッセージがあるんだ。そのお話を作った人が伝えたいことだよ。僕が君に話をする時は少なくともそうさ。お化けとか河童のおはなしもそうかって? もちろんさ。お化けってのはね,死ぬというのは怖い,良くないことだという考えを伝えるためさ。それが本当に怖いことか良くないことかはもっと大きくなってから自分考えて欲しい。できれば僕と同じように怖いと思ってもらえるといい。命は大切だと思ってもらえたら嬉しい。河童の話? 河童は子どもを食べるんだよ。だから川に行かないようにっていうのさ。これはね,大人の都合だけど,子どもが川で溺れないようにするためさ。怖い怪物が川にいるなら,川には行きたくないだろう。でもマー君,川には本当に河童がいるから一人で行ったりしてはいけないよ。

このビデオの話は,もう少し短くすればこんな感じに受けとめられたかもしれない。

火や水や土や空気は生きていくのに必要なものだ。
火や水や土や空気は身の回りに昔からあったものだ。
放射線も身の回りに昔からあったものだ。
火や水は多すぎたら危険だけど,少なければ大丈夫。
放射線も身の回りにあっていろいろと役にたっているんだよ。

君は僕の授業を受けているから,大人も先生も間違うし,言いたくないことは言わないってわかっているよね。でも,僕は君に伝えたいことがあるし,それがいいものと信じて話をしている。でも僕にも間違いがあるかもしれないから,君には自分で考えて欲しい。たとえば,算数やかけ算は君が大人になれば習っておいてよかったと思うものだとわかってくれると思って教えているんだ。理科だってそうさ,知らないと君を騙そうとする人に対処できない。この水を飲めば癌が直るとかね。本当に直るのもあるかもしれないよ。でも,そうじゃないことだってあるんだ。それは君が自分で判断しないといけない。残念なことに君を騙そうという人がいないとは僕には言えない。だから賢くなって欲しい。騙されなくなって欲しい。

このビデオの話はまず,最初の 5 分間は放射線の話がない。「放射線のおはなし」なら,「放射線とは○○です。」というふうに始まっていいと思わないかい? マー君について説明するお話なら,僕はまず「マー君とはこういう人です」というふうに話をはじめると思う。でも,ここでは 6 分間も放射線の話をしないんだよ。そして火や水や土や空気の話をするんだよ。僕はね,関係ない話をえんえんとしていると思ったね。君はどう思った? 放射線のお話なら,放射線の話をすればいいじゃないか。6 分と言えば,このビデオの 3 分の 1だよ。どうして関係ない話を 3 分の 1 もするんだろうね。考えてみてよ。放射線と水は関係あるんじゃないかって? ないわけじゃないけど,でも水は放射線じゃないし,土は放射線じゃないよ。

そして,

火や水や土や空気は生きていくのに必要なものだ。
火や水や土や空気は身の回りに昔からあったものだ。
放射線も身の回りに昔からあったものだ。

という話になった。ここで,君は素直だから,放射線は生きていくのに必要なものだ。と思ったんじゃないかい? アルキメデスの 4 元素を出してきて,それは身の回りにあります。昔からあります。生きていくのに必要なものです。と言われて,実は,放射線も身の回りにあります。昔からあります。と言われたら,「生きていくのに必要なものです。」と思う人もいるかもしれない。でもそれは言っていないよ。「それは言っていない」んだよ。

  • ウイルスだって病気だって,身の回りに昔からあったものだ。
  • 毒キノコや,毒ヘビだって,身の回りに昔からあったものだ。

これも「言っていない」んだよ。関係ないから? そうさ。火や土だって,放射線とは何か, の話に何の関係がある? でも言っている。身のまわりに昔からあるものが全て生活に必要なものだなんて言っていない。火を燃やせば二酸化炭素が出る。部屋を占めきって火を燃やせば,二酸化炭素中毒でたいへんだ。二酸化炭素だって昔からあった。身の回りに昔からあった。どうして二酸化炭素の話はしないんだろう?

「放射線も身の回りに昔からあったものだ。」

だから何なのだろう。このお話を作った人が何が言いたいのか考えよう。メッセージを考えるんだ。何がここで言われなかったのか。この教材はとてもすばらしい批判的にものを見る教材になる。でも,君の年では先生のガイダンスがとても重要になる。

僕達は安全ということを考える。君達には安全で健康で育って欲しいからだ。それは親の多くが思うことだ。放射線を学ぶ教材が作られたと聞いて,僕は君達の安全と健康のためにこういうビデオが作られたんだと思ったよ。

でもここでは安全という話はあまりなかったね。放射線がどういうものかもあまりなかった。結局身のまわりにあって宇宙からきたりするものらしい。まあ,難しいからかもしれない。でも安全についてこのビデオでは言って欲しかった。役に立つかどうかばっかりだ。役に立つならいいことじゃないかって? うーん。

役に立つことと安全かどうかは別の話だ。包丁やナイフだってとても役に立つけれも,そのままで安全なものではない。車だってとても役に立つものだけど,子どもが運転していいものではない。責任ある大人が試験を通ってやっと使わせてもらえるもの,そういう意味では危険なものだ。役に立つならなんでもいいというわけじゃないし,それは誰にでも安全かどうかはあまり関係がない。

レントゲン写真は役に立つだろう。でもレントゲンを取ったことのある人なら,レントゲンを取るお医者さんがその部屋から毎回出ていくのを知っているだろう。レントゲン写真で使う X 線も人間の体には害を及ぼすからさ。そこにいたら危険なんだ。だからお医者さんはいつも他の部屋に行くんだ。役に立つものでも危険なものはいっぱいある。

放射線を使って殺菌する。それは役に立っていることだろう。でも,菌というものも生きものだ。それを殺すことができるということはどういうことか考えてみよう。紫外線と似ていると言う。日焼け位した方が健康だという人もいるかもしれない。多いといろんなものが危険になるというのは,まあ僕も賛成だ。紫外線だって浴びすぎれば病気になる。ガンの放射線治療というのも聞くだろう。ガン細胞はとてもやっかいでなかなか死なない。それを殺すことができるような強い毒を使うこともある。そのうちの一つが放射線だ。放射線ほどガンを殺す能力が高いものもなかなかないからだ。役に立つということと安全というのは同じことではない。それはこのビデオでは言っていなかった。火や水は僕たちの生活には絶対必要だ。でも先生の言うことを良く聞いてごらん。放射線がないと僕たちは生きていけないとは「言っていない」んだよ。火や水が多いと危険なように,放射線も同じように多いと危険だ。と言っていたけど,放射線がないと,僕たちは死んでしまうとは「言っていない」んだよ。気がついたかい?

放射線でジャガイモの芽がでないようにする。これを役に立つ例として出してきたのはすごいね。じゃがいもはじゃがいもの植物の子どもだ。子どもが成長しないようにする。これはどういうことなのか,考えてみよう。これはビデオを作った人もここまできたら,役に立つということと安全とは関係があまりないことだと伝えたかったのかもしれない。

ビデオの中の放射線によってじゃがいもの芽がでないようにする説明部分。勉強会にて
ビデオの中の放射線によってじゃがいもの芽がでないようにする説明部分。勉強会にて

役に立っていたということが繰り返されたのは,これは伝えたいことだからなのだろう。しかし,役に立つことというのは,どういう意味なのかな。役に立つには,誰かがいないといけないね。誰にとって役にたったのだろう? 原子力発電所の事故で人々が避難しなくてはいけなくなった。その場合,避難した人々の生活には役にたっていないみたいだ。役に立つとはどういうことだろう。多分,役に立つことはいいことだ。って誰かに言われてきたんだよね。それはいつも本当なのかな。そうじゃない時もあるかもしれないんじゃないかな。いろいろと考えることが増えちゃったな。

あと,世界中の人がある量の放射線を浴びているというのもあったね。地域によって違うとかはあっても,自然放射線を浴びていること自体は本当だろう。それでどう思った? 世界中の人が浴びているのなら心配はないって? どういうことかな。

たくさんの人がしていることは安心できるってこと? うーん。この場合,自分で選んでないとか,もっと大事なのは,自然にあるものに追加された量がどうかなんだけど。。。皆が同じなら大丈夫ってこと? なるほど。そうだね。じゃあ煙草は,たくさんの人が吸えば安全になるのかな。世界中でもっと多くの人がすえばもっと安全になるのかな? 皆が吸った方が安全になるの?

この場合,「どれだけの人がするか」と「安全」とは関係がないとは思わないかい。煙草を吸う人が増えれば増えるほど煙草が安全になるかというと,煙草自体は変化していないのだから,個々の安全性は関係ないと思うよ。放射線を世界中の皆が浴びれば浴びるほど安全になるなら,皆で放射線を浴びればいい。本当にそうかな? この場合には皆がやっているというのは皆がやっているというだけのことだ。ここで重要なのは,このビデオが「皆が浴びているんだ」ということで何を言いたいのか,どんなメッセージを送ろうとしているかを考えることさ。「赤信号,皆で渡れば怖くない」という冗談が昔あった。「放射線,皆で浴びれば怖くない」というメッセージ?これはちょっとブラックだったかな。何を言っているかわからない? まあ,考えてみてよ。「考えてみて」ばっかりだって? 僕が答えを全部あげられることはない。だから君には今から考えて欲しいのさ。

僕の頃は論理の基礎は中学で習った。マー君はまだ 9 歳だから,論理についてあまりちゃんと習っていないかもしれない。でも,こういうビデオを見なくてはいけないのなら,もっとちゃんと習わないといけないね。大変だねえ。僕たちは言葉で考えるのだから,その言葉の使い方を,何を意味しているのか,何を意味していないのかを考えなくてはいけない。その助けになるのが論理というものだ。でも実は意味を理解していないとあまり助けにならない。

私の好きな先生の本に,論理の話があって,「寄らば切る」と言うさむらいの話がある。ある時,ある町人はそのさむらいの近くに寄らなかったのに,そのさむらいが切りかかってきた。「寄らば切ると言ったじゃないか。俺は遠くにいたじゃないか。どうしてわざわざ近くに寄ってきて切りかかってくるんだ」という町人に,「寄ってこない時に何をするとは言っていない。寄らば切る。とは確かに言ったが,寄らずとも切る。それだけだ。」とそのさむらいは言った。ひどいさむらいだと思ったよ。寄らば切ると言っただけだ。でも,確かに「寄らずとも切る」とは言わなかった。くやしいけどさむらいは論理的には間違っていない。でもひどいとは思わないか。論理的に正しいけどひどいよ。論理的に正しいからいいなんてこともないんだ。論理は考えの道を照らしてくれるけど,そこに進むかは君次第なんだ。そこに穴があると教えてくれても,そこに進んで落ちるかどうかは君次第なんだ。だから勉強するのはいいけど,勉強したからってそれだけじゃだめなんだ。勉強するとか努力することが考えもせずにとにかくいいことなんて信じてはいけない。どうして勉強するのか,どうして努力するのか考えて欲しい。「また考えてみて」だって? まあ,そうなんだけど。

火は身のまわりにあって,生きていくのに必要なものです。
土は身のまわりにあって,生きていくのに必要なものです。
水は身のまわりにあって,生きていくのに必要なものです。
空気は身のまわりにあって,生きていくのに必要なものです。
放射線は身のまわりにあります。

このビデオはこう言っていたね。僕は「寄らば切る」のさむらいよりも,くどいだけひどいと思ったね。よくわからない? うーん。そうだなあ。僕はね,マー君がこういうビデオを見た時に,ちょっとだけ考えて欲しいんだ。先生が言ったことは素直に聞くものだと先生に言われた? 確かに。それで君の安全と健康が守られるなら,僕もそう言うだろう。君が将来安全に生きていけるならそれでいい。でもね,もしかしたら,僕達は君の安全と健康を守れないかもしれないと,僕は思うようになったんだ。こんなことを君に教えないと君が将来困るかもしれないということになってしまった。ゴメンネ。でも,僕がしてあげられるのは,こんなふうに考え方をちょっとだけ教えてあげることだけなんだ。

え,どうして僕がこんなことを話すかって? いいところに気がついたね。むしろ気がつかなかったら困ったことだった。ビデオを作った人達と同じように,僕も君に伝えたいメッセージがあるからさ。ここにあるのは僕のメッセージだ。このビデオを作った人が伝えたいこととは多分,別のメッセージなのだけどね。どうして僕が君にこういう話をするのか,それを考えるのもとてもいいことだと思うよ。

君が僕を考えずに信じたらそれは残念なことだ。僕の言うことを疑って考えて自分で理解して欲しい。僕の言うことをそのまま信じるような人になっちゃあいけない。僕も間違いをする。「考えてみてよ」でしょうって。その通り。「ひとしさんが,ひとしさんを信じないようにって言うけど,信じないようにってことを信じたら,ひとしさんの言う通りだ。でもそれは駄目ってひとしさんは言うのでしょう。何もできないよ」って? まいったな。いや,すばらしい。マー君,君は論理学を本格的に学ぶ準備ができているよ。

僕が君にこういうことを言うのは,簡単に言えば,この社会には民主主義という方法があって,その場合,大多数の人が騙されたら,僕もその人達と一緒に強制的に騙されないといけないことが多いからなんだ。そして僕は騙されたくない。だから,騙される人はできるだけ少なくしたいんだ。なんだい? 自分が騙されたくないだけかって? エゴと言われるかもしれないけど,確かにそれは大きな動機だよ。僕も若い頃は,僕だけ騙されなければいいと思っていたこともあったよ。でも皆が騙されないようにならないと,困るというのも本当さ。もちろん僕がマー君を好きで,君が騙されて欲しくないといういうのもあるから,君にまず話をしているんだけどね。

マー君,君が自分で考えて理解して判断するようになりますよう。皮肉に聞こえるかもしれないけど,このビデオは批判的思考法を鍛えるにはとても良いビデオだった。本当だよ。マー君には,情報が来た時に,「何を言っていないのか」「メッセージは何か」を考えて情報に触れるようになって欲しい。

紫外線の説明と放射線の説明を並べたもの。紫外線も放射線も目に見えないと説明しながら,矢のような形をしており,放射線にだけはさらに「目」がついている。さて,このビデオの作者は,何を意図して放射線だけに「目」をつけたのだろう? 考えてみよう。
紫外線の説明と放射線の説明を並べたもの。紫外線も放射線も目に見えないと説明しながら,矢のような形をしており,放射線にだけはさらに「目」がついている。さて,このビデオの作者は,何を意図して放射線だけに「目」をつけたのだろう? 考えてみよう。

次回はこのビデオの語らなかったもう一つのこと,科学的と安全ということについて話をしよう。

ひとし

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