公開討論: 破局後五年目のフクシマと今後

3月11日ベルリンはノイケルンのWerkstatt der Kulturenでさまざまな分野の芸術家たちによる「Fukushima the Aftermath(フクシマ、その余波)」という記念の催し物があり、この日は午後三時ごろから夜遅くまで多くの人が会場を入れ代わり立ち代わり訪れました。この公開討論はその催し物の一環として行われたものですが、企画およびそのオーガナイズにはわれわれSayonara Nukes Berlin(以後SNB)のメンバー梶川ゆうさんが精力的にアンガジェしてくれました。 続きを読む 公開討論: 破局後五年目のフクシマと今後

3月11日に思う。

今日は3月11日。

東日本大震災の被害にあわれた方々のことを思います。

私は震災直後、かつて働いていたNGOに3か月間の助っ人として緊急援助チームに加わるため日本に帰りました。ベルリンから日本に向かう飛行機の中で「私のふるさとの国はどうなってしまうのか」と日本の新聞を涙を流しながら読んだこと、現地に向かい津波がすべてをさらった場所に初めて立った時の衝撃は今でも忘れられません。

緑の山を抜けるといきなり広がった光景(南三陸・筆者撮影)
緑の山を抜けるといきなり広がった光景(南三陸・筆者撮影)

福島第一原発事故が発生し、米国に本部のあるそのNGOは、活動は原発から80㎞以上離れていなければならない、という指示が出ました。当時原発や放射能についての知識がそれほどなかった私は、歯がゆい思いをしたものです。

あれから5年。2013年に友人と一緒にSayonara Nukes Berlinを結成してベルリンで反原発のデモを初めて行い、仲間が増えて様々な活動を通して勉強するにつれ、原発がいかに倫理に反しているか、原発に頼らない未来をめざさなければならないことを深く思うようになりました。 続きを読む 3月11日に思う。

日本在住の漫画家ダビ・ナタナエルさんに聞く「核エネルギーと民主主義」

福島の原発事故から5年、チェルノブイリの事故から30年の節目の今年、この2つの事故日である3月11日から4月26日までの7週間の間、ベルリンで「核エネルギーと民主主義」をテーマにProtestival2016を開催します。そこで様々な職業人の立場からいただいたテーマに沿ったインタビューを連載中。第五回目はドイツ出身で日本在住の漫画家ダビ・ナタナエルさんにお話を伺いました。 続きを読む 日本在住の漫画家ダビ・ナタナエルさんに聞く「核エネルギーと民主主義」

かざぐるまワークショップ

ワークショップで作ったかざぐるま
ワークショップで作ったかざぐるま

 

3月5日(土)、ベルリンのカフェで「かざぐるまデモ」(3月19日、土)に使うかざぐるま作りのワークショップを開催しました。約440個のかざぐるまができました。

Sayonara Nukes Berlinに関わっているみんなの友達やFacebookで知ったという方、Protestival(http://sayonara-nukes-berlin.org/?p=2748)の賛同団体のウェブサイトで情報を得たという方、2月中旬に行われたベルリナーレの会場で配布したフライヤーを見て来てくれた家族など約55人が参加しました。今回で3回目となるワークショップですが、今までで参加者が一番多かったように感じました。FacebookのSayonara Nukes Berlinのページに友達が「いいね」をしていてワークショップのことを知り、観光も兼ねてボンから来たという日本人の留学生など、今回のワークショップではじめて顔を見たという方も多かったように感じました。

今回も前年に引き継ぎ、日本人パティシエさんのケーキや軽食の販売があり、参加者は一息つきながら楽しんでいました。

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この日はなんとドリンクが無料でした!!手前のお菓子は原発をもじったお菓子。食べてなくそうということで、参加者が持って来てくれました。DSCN0835

かざぐるまを固定する針金をチョキチョキ。

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ハサミで紙を切る人、遊び部分を作る人、穴を開ける人、かざぐるまの形にして木にくくりつける人、分業して作ります。

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はじめて作る人に作り方を教え中。

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親子でかざぐるま作り。

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かざぐるま作りをちょっと休憩。子どもたちのための紙芝居も。

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ひとつ、趣向の変わったかざぐるまもできました。

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子どもコーナーでは絵本を読んだり、折紙をしたり。

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最後に車に乗せて。

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ケーキと軽食の売り上げから66,50ユーロのカンパもいただきました。ありがとうございます。

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在外選挙制度(http://sayonara-nukes-berlin.org/?p=2768)の相談コーナーにも相談者が訪れていました。担当の方お疲れさまでした。

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おしどりマコ&ケンさん座談会

Tsukasa Yajima
Tsukasa Yajima

おしどりマコ&ケンさんの座談会を2月28日(日)、ベルリンのカフェ で行いました。2011年3月の福島第一原発事故後、東電の記者会見に通い、被災地や識者に積極的に取材活動を続けている芸人ジャーナリストことおしどりマコ&ケンさん。本業の夫婦漫才師ならではのボケと突っ込みで度々会場は参加者の笑い声でわきました。

おふたりは東電の記者会見に通い続けているため、今では他の記者や東電の広報担当よりも詳しい記者とのこと。今の広報担当は自ら「情報オンチ」と言っているという話には東電の無責任さにあきれてしまうばかりです。

Tsukasa Yajima
Tsukasa Yajima

マコさんは取材をしてきて気になっていることを大きく分けて3つの点にしぼって話してくれました。

①放射性廃棄物の再生利用

②小児甲状腺がん

③「生業を返せ、地域を返せ!」福島原発訴訟

①放射性廃棄物の再生利用についてはおしどりポータルサイトに詳しいので、そちらを見てください。

http://oshidori-makoken.com/?p=1863

環境省ホームページ

http://www.env.go.jp/press/101515.html

恥ずかしながら、このことについてわたしは今回はじめて知りました。マコさんもおっしゃっていましたが、一体何のために「除染」をしているのか、何をしたいのか理解に苦しみます。

②小児甲状腺がん

マコさんは2015年5月18日開催の第19回福島県「県民健康調査」検討委員会で出された「甲状腺検査に関する中間取りまとめ」に「こうした検査結果に関しては、我が国の地域がん登録で把握されている甲状腺がんの罹患統計などから推定される有病数に比べて数十倍のオーダーで多い。」という文章が入っており、この内容は中間取りまとめ案にはなかったため驚いたと話していました。マコさんは以前から中間取りまとめにかかわった医者たちにも取材しており、チェルノブイリ事故後、ボランティアで甲状腺がんの内視鏡手術を行ってきた清水一雄医師(甲状腺評価部会、部会長)は「原発事故による被ばくの影響は無い、と個人的には思ってはいるが、そのような先入観を持っての調査は科学的ではない。」と言いはじめてきたと紹介し、中間取りまとめが出てから委員の医師たちの雰囲気が変わってきた様子を話してくれました。

中間取りまとめについての詳細はおしどりポータルサイトを見てください。

http://oshidori-makoken.com/?p=1094

「甲状腺検査に関する中間取りまとめ」

http://www.pref.fukushima.lg.jp/uploaded/attachment/115335.pdf

③「生業を返せ、地域を返せ!」福島原発訴訟

原告の人たちを取材してきたマコさんとケンさん。「生業を返せ、地域を返せ!」の意味は原発事故前の原発のある生活に戻せということではなく、原発ができる前の生業をなくす心配のない生活を取り戻すということであって、彼らは「原発をなくすための裁判」をしているのだと話してくれました。原告は現在約4000人。福島県の全市町村と近隣の被災した県などにいます。画期的な出来事は原告団の要望により、裁判長と裁判官が浜通りと中通りの現場検証に行くことが決定したこと。同じ被災者から「そんなにお金がほしいのか」との嫌がらせも受けていますが、本人尋問の中身を聞くと原発事故の影響によって自ら命を絶った人の家族や自分の言葉で被害を訴えられない知的障害を持った教え子たちに代わって発言する特別支援学校の先生といった人たちが原告になっており、彼らはお金のためではなく、他の誰かのために原告になっているのだとのマコさんの言葉が印象的でした。

「生業を返せ、地域を返せ!」福島原発訴訟

http://www.nariwaisoshou.jp/

Ysukasa Yajima
Ysukasa Yajima

マコさんとケンさんが理事も務めている福島の子どもの保養施設「沖縄・球美(くみ)の里」についての紹介もありました。

球美の里のホームページ→http://www.kuminosato.com/

おふたりが球美の里で福島の子どもたちと交流していると、性のことと同列に被ばくのことが話題になる。それは彼らにとっては被ばくのことは大人には聞いてはいけないタブーとなっているということで憤りを感じるとおっしゃっていました。

世論調査では脱・反原発が半数を超えるのに、選挙になると原発を推進している自民党・公明党が勝ってしまうのはなぜなのか。ドイツに長年住んでいると歯がゆい思いがするとの参加者の質問に対して、選挙のときに100人アンケートをとったマコさんは大多数の人が選挙に行かない。選挙に行く人は「謝りながら自民党に入れるお年寄り」ということと「365日、創価学会員(=公明党)から手厚いケアを受けている人」と自らの分析結果を紹介してくれました。SEALDSの若者たちとも早い時期から関わりのあるマコさんが最後に締めくくった言葉は「自分の思ったことが自由に発言できる状況になってほしい。日本に住んでいても歯がゆいです」でした。

Tsukasa Yajima
Tsukasa Yajima

今回の座談会は約5年間原発事故関連の取材を続けているまさに専門記者からの報告で、非常にためになるお話でした。被災者に寄り添い、疑問は追及し続け、事実から裏付ける取材スタイルはトップが安倍首相とお食事をしている大手商業紙、テレビ局といった日本のマスコミの堕落ぶりも浮き彫りにされるようでした。おふたりにはこれからも芸人ジャーナリストとして発信し続けてほしいと思いました。

Tsukasa Yajima
Tsukasa Yajima

マック赤坂さんに聞く「核エネルギーと民主主義」

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12月23日渋谷駅ハチ公口にて

12月23日都内のカフェにて

福島の原発事故から5年、チェルノブイリの事故から30年の節目の今年、この2つの事故日である3月11日から4月26日までの7週間の間、ベルリンで「核エネルギーと民主主義」をテーマにProtestival2016を開催します。そこで様々な職業人の立場からいただいたテーマに沿ったインタビューを連載中。第四回目はスマイル党のマック赤坂さんにお話を伺いました。

「核エネルギーと民主主義は全然関係ない、結び付かないもの」

-原発に反対するようになったのはいつからですか

マック 私の場合は反原発で立候補しているわけではない、恒久平和なんです。スマイル党だから。その平和を阻害する一つの要因だよね、原発は。代替エネルギーもいっぱいあるわけだから、それを開発するのが第一義であって、原発を続けるというのは平和に反する。だから反対してきたわけです。

-実際に国会に入ったとして原発に対して何ができますか

マック 反核だからね、私は。原子力を発電に使うと、ある意味では平和利用なんだけど、原子力っていうのは武器になる。その原子力に私は反対するわけです。それが平和に使われようが武器に使われようが、人体にも影響することからも、原発はできるだけすみやかになくして、代替エネルギーを開発する。

―日本を何とかしたいと考えた時、ストレートに政治に関わって行く事、立候補に向かったマックさん

マック 私はスマイルセラピーだからね、基本は。スマイルを広めたいということです。日本の人は未だに全然スマイルができない。それとやっぱりマインドがネガティブだよね。鬱病だらけじゃない、日本人。アメリカでさえ鬱病患者がどんどん増えてるわけですよ。だから私が出る意味あるんじゃないかということですよ。で後はやっぱり平和だよね。いま、自公政権はとんでもないことやろうとしてる。徴兵制にもつながる。それこそ核兵器の核武装につながって行きますよ、そのうち。

-選挙の他には個人としてこれから何をしていきたいですか?

マック 私は3つ持ってる。ひとつは貿易業でレアメタル、それからスマイルセラピー、もうひとつはスマイル党ですね。この3つ!

-マックさんの会社の方はみなさん笑っていますか?

マック いや、必ずしも笑ってないよね(笑)

―世の中の人が笑っていないということですが、何かメッセージがありますか

マック 下を向いて歩く人が多いよね日本人。もちろんスマイルもできない。下を向くと同時にまわりを見るよね。なんで自分の思想と哲学で行動しないのかなと。着るものもそうじゃない。まわりを見て自分の服を決めるよね。私なんか自分が着たいから着るんだ。そこが日本人の永遠にダメな点だろうな。自分を持ってない。世間で自分の思想を決める、世間体を気にする、まわりを気にする、いわゆる自立してない。大人としてまだ成熟してない。それは常に感じる。で、それを変えようとしてる。それが政治家の仕事かっていうとそれはまた別だろうけど。

マックさんはそう言ったけれど、政治の悪さが経済や社会を悪くして、結果として人々から笑顔を奪ってるという現実もある。例えばベルリンはドイツの中でも貧しい街だ。連れ子を抱えて学生結婚をした我が家をはじめ、今までにも経済的に豊かとは言えない人々をたくさん見てきた。でもほとんどの場合、人々から暗さは感じられない。福祉は充実しているし、みんな自分を持っている。お金がなくても笑っていられる社会がそこにある。ベルリン前市長は言った。「ベルリンは貧乏だけどセクシーだ」ベルリンに来てから、日本ではみんながどれだけたくさん働いて、様々な重圧に耐えているのかを感じるようになった。人々が笑えるようになる社会ってのはやっぱり政治でだって変えられると思う。マックさんには今後とも恒久平和とみんながスマイルできる社会づくりをぜひとも目指してほしい。

渋谷の駅前で踊るマックさんの元へ、笑顔の若者たちが何度となく一緒に写真を撮らせてくださいと歩み寄った。 「10度 20度 30度!スマイル!」

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マック赤坂:(マックあかさか、1948年9月18日 ‐) 日本の政治活動家、実業家、セラピスト。財団法人スマイルセラピー協会会長、スマイル党総裁。2007年の第21回参議院議員通常選挙への出馬を皮切りに、じわじわと得票数を伸ばしている。東京、大阪、新潟都知事選、また大阪市長選にも出馬経験あり。著書に「笑えばハッピー スマイルセラピー 口角10度アップであなたの人生こんなに変わる」、「何度踏みつけられても 「最後に笑う人」になる 88の絶対法則」がある。
スマイル党 公式HP http://smileparty.info/

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Protestival 2016

小熊英二さんに聞く「核エネルギーと民主主義」

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12月23日渋谷アップリンクにて

福島の原発事故から5年、チェルノブイリの事故から30年の節目の今年、この2つの事故日である3月11日から4月26日までの7週間の間、ベルリンで「核エネルギーと民主主義」をテーマにProtestival2016を開催します。そこで様々な職業人の立場からいただいたテーマに沿ったインタビューを連載中。第三回目は慶応大学の教授で社会学者の小熊英二さんにお話を伺いました。

「核エネルギーと民主主義は基本的には相容れないものだと思います」

小熊 核エネルギーと云うのは性質上情報公開もなじみにくい、秘密にせざるを得ない部分が大きいです。専門家が扱わなくてはいけないので専門家の裁量が大きくなりやすい。

小熊さんが原発に対する反対運動に携わるようになったのは80年代半ばと云う。それまでには反核兵器の音楽イベントをやるグループに関わっていたので、チェルノブイリの事故後は反原発も掲げるように。

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小熊英二さんと香港の社会学者・張彧暋(写真右手)さん、香港の「雨傘運動」で学生グループのスポークスマンとなった周庭(写真中央)さん

私が小熊さんに面会したこの日は、2015年9月19日から日本各地で公開されている、社会学者である小熊さんがはじめて監督されたドキュメンタリー映画「首相官邸の前で」の渋谷アップリンクでの上映日で、映画の後にはゲストに香港の社会学者・張彧暋(チョウ・イクマン)さんと、香港の「雨傘運動」で学生グループのスポークスマンとなった周庭(アグネス・チョウ)さんを迎え、小熊英二さんとのトークショーが。座席はほぼ埋まり、シリアスな問題ながらユーモアたっぷりの3人の軽快なトークに会場からは笑いの声も。日本の市民運動の情勢は、香港の学生たちにも知られ、また自分たちの運動との違いについてもよく考えられていることがわかった。映画「首相官邸の前で」は、一般市民から元首相を含む、様々な背景を持つ8人のインタビューと、真実をありのままに映す現場のライブ感あふれる映像によって作られている。311を受け、従来の活動家のみならず私たち一般市民が首相官邸前で行われる反原発集会に足を向けるようになった過程や、引きこもって自死を考えるまでにもなったある福島県民がいつか涙をこらえマイクを持ち現状を訴える姿も。

―311以降は一般市民による反原発運動が広がりを見せているが

小熊 それは当たり前と云えば当たり前であって、映画でも描きましたけれども、福島第一原子力発電所の事故があって、東日本の人はみな本当に怖かった。当時の東京の町は、節電で繁華街が真っ暗になり、食料品の買い占めで店頭から物が消えた。いまから考えれば相当な異常事態で、当時は緊張状態でした。いまでも、東京の人に「3月11日当時は何をしていましたか」と聞けば、タクシーの運転手だろうと政府の役人だろうと、みな答えますよ。恐怖の記憶は、深く刻印されているでしょう。ただし西日本では必ずしもそういう経験はしていませんし、一時ほどの生々しさはない。とはいえ、反原発意識の定着と、広範な社会層の運動参加があることは事実です。

―民主主義に基づいて、これからしていきたいことはなんでしょう

小熊 私についていえば、私は学者です。だから、まずいちばんは、人々が考えていたり、願っていたりはするけれども、なかなか言葉や形にならないものを、言葉にするような回路を作っていく事です。その為に情報や知識を集めたり、物の言い方を基礎づける社会科学の理論や哲学を勉強し、それ使って上手く表現する手段を考えている。それらを自分だけでなく、人が使えるような形にもしたい。映像を編集したのも、基本的にその一環です。歴史的な記録であり、どういう人たちが参加していたかの社会調査であり、あの運動が何であったかのナラティヴの提示です。

―この運動の未来に希望はありますか

「原子力の問題については、私は全然悲観していません」

小熊 原子力の問題については、私は全然悲観していません。石炭産業と同様で、もうピークを過ぎた産業であることは明らかです。人権意識と情報公開と民主主義が定着している社会では、原発は安全対策などのコストがかさんで、経済的にも成り立たない。今は先進国では作れないので、発展途上国の方に輸出しようとしているのはむしろ問題ですが、先進国では日本を含めて下り坂なのは明らかだと思います。こういう状況で、原子力産業が生き残るために政治的な保護を求めたり、全体的な経済の流れに逆らってお金の力を使ったりしているのは、私には苦しいがゆえとしか見えません。純粋に原子力に関してだけ云えば、もう勝負のついた問題だと思っています。他の問題もからんでくると、そう簡単ではありませんが。

―ベルリンのプロティスティバルでも、なんと3月18日に小熊英二さんをお招きしての上映講演会が決定「首相官邸の前で」たくさんの方に観ていただきたいですね!

小熊 観ると気分が良くなる映画だと思いますよ。人々が、不当な事や恐ろしいことが起こった時に、当然の反応として声をあげて立ち上がってくる過程を描いたものですから。人間が当然の反応として声をあげたり、怒ったり、悲しんだりする姿を見るのは、とても健康的な事だと思っていますし、見た人もポジティブな気分になれると思います。それをいろいろな国の人に見てもらう事で、日本の住民も、言葉が通じなくてもやっぱり人間なんだということが、分かってもらえればいいと思う。

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小熊英二:(おぐま えいじ、1962年9月6日 – )は、日本の社会学者、慶應義塾大学教授。専攻は歴史社会学・相関社会科学。著書・共著多数。「<民主>と<愛国>――戦後日本ナショナリズムと公共性」「生きて帰ってきた男」など受賞歴多数。趣味のギターではライブ活動やアルバムリリースも。詳細はQuikion公式HPにてhttp://homepage2.nifty.com/fhifan/index.html

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―私は、この出来事を記録したいと思った。自分は歴史家であり、社会学者だ。いま自分がやるべきことは何かといえば、これを記録し、後世に残すことだと思った。(中略)この映画の主役は、映っている人びとすべてだ。その人びとは、性別も世代も、地位も国籍も、出身地も志向もばらばらだ。そうした人びとが、一つの場につどう姿は、稀有のことであると同時に、力強く、美しいと思った。
そうした奇跡のような瞬間は、一つの国や社会に、めったに訪れるものではない。私は歴史家だから、そのことを知っている。私がやったこと、やろうとしたことは、そのような瞬間を記録したという、ただそれだけ―(公式サイトの“監督の言葉“より一部抜粋)

映画「首相官邸の前で」公式サイト http://www.uplink.co.jp/kanteimae/

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Protestival 2016

大切なあなたの一票を海外から届けよう―在外選挙の呼びかけ

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日本国外在住のみなさん、在外選挙人登録はもうお済みですか?

今年2016年の夏(6月下旬以降)に参院選があります。この参院選は、連日ニュースで伝えられているとおり、野党共闘初の選挙となり、自民・公明とそれ以外の党というかたちで二つの選択肢が明確に提示される選挙になります。私たちベルリン在住の日本人グループSayonara Nukes Berlin(SNB)は、今度の参院選を前に、みなさんにぜひ在外選挙制度を活用していただくよう呼びかけています。

今回の参院選で自公が2/3以上の議席を占めることになれば、憲法改正が現実となってきますし、川内原発や高浜原発につづいて他の原発も再稼働される可能性が出てきます。日本の未来がどうあってほしいか、今回の選挙を機会に海外からあなたの意思を票にのせて送りましょう。

申請から在外選挙人証を受け取るまでに2~3か月かかります。まだお持ちでない方は、ぜひ今から準備をし、夏の参院選に備えましょう。

申請の流れ(総務省ホームページより)

http://www.soumu.go.jp/senkyo/pdf/061025_02.pdf

在外選挙関連申請書一覧(外務省ホームページより)

http://www.mofa.go.jp/mofaj/toko/senkyo/shinseisyo.html

さらに詳しい情報は下記Q&Aでチェック!

Nさん(81歳・ドイツ在住43年)のおはなし

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『1970年代ドイツで「海外在住の日本人にも投票のチャンスを」という運動を一人で始め、日本に一時帰国した時に当時の自治省の担当者などに会って希望を伝えましたが、何年も何も起こりませんでした。そのずっと後になって、アメリカ在住の大勢の日本人の運動が実り、2000年から海外の日本人も投票できるようになりました。なかばあきらめていた私はすごく喜び、以来1度も棄権したことはありません。私たちは一票で日本の政治につながっているわけですから、この権利を海外でも行使するのはとても大切だと思っています』

 

在外選挙Q&A

Q. 日本と出てくるときに転出届をだしていないのですが、在外選挙人証を取得することができますか?

A. ①在外選挙人証を取得するには、まず市区町村役場に転出届を提出し、日本での住民登録を除籍しておく必要があります。転出届を行わないと日本国内の選挙人名簿に登録されたままとなるため、在外選挙人名簿に登録できません。

②転出届けは代理人でも可能です。代理申請に必要な書類は:

1.パスポートのコピー(出国した日付が確認できるページと、本人確認ができるページ)

2.出国してから14日以上たってしまった場合は、遅れた理由を一筆書いたもの(原則として、1年以上転出する場合は、転出届を出すのが義務なため。)

3.同じ世帯同居人が代理ではなく、一人暮らしだった場合、代理人は上記の書類のほか申請者の委任状の提出が必要。(様式は各市町村のホームページなどでダウンロードできます)

Q. 移転先でまだ在留届を出していないのですが。

A. 在外選挙人登録申請には、在住の地域を管轄する日本大使館または領事館等に「在留届」が提出されている必要があります(オンラインでも簡単に届け出ることができます)。在外公館に出向いて在留届を提出する場合、一緒に在外選挙証を申請することができます。

在留届について(在独日本大使館ホームページより)

http://www.de.emb-japan.go.jp/nihongo/konsular/001zairyu.html#zairyu

Q. 国民年金を払い続けるために、日本に住民票を置いてきたのですが。

A. 日本に住所がなくても国民年金を払うことができます。転出届を出す前に、年金課で「任意加入」の手続きをすれば可能です。

Q. 在外選挙人登録申請は郵便でもできますか?

A. パスポートの提示など本人確認が必要ですので、必ず本人が在外公館に出向く必要があります。

その他ご質問はinfo@sayonara-nukes-berlin.org へお送りください。

在外選挙呼びかけフライヤーを印刷用にダウンロードする ↓

在外選挙制度活用の呼びかけ_表

在外選挙制度活用の呼びかけ_裏

 

木内みどりさんに聞く「核エネルギーと民主主義」

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12月23日都内のカフェにて

福島の原発事故から5年、チェルノブイリの事故から30年の節目の今年、この2つの事故日である3月11日から4月26日までの7週間の間、ベルリンで「核エネルギーと民主主義」をテーマにProtestival2016を開催します。そこで様々な職業人の立場からいただいたテーマに沿ったインタビューを連載中。第二回目は女優の木内みどりさんにお話を伺いました。

木内 政府のやり方は本当に汚いと思うんですよね。原発再稼働するのも核を持っていたいわけじゃないですか。プルトニウム一杯ためこんで、ロケット技術もそれの一貫ですよね。日本は核を持っていないと言っているけどいつでも核にできる材料も技術も準備万端。やり方が汚いですよね。どうしてみんな怒らないんだろうって不思議なんです。でも、少なくともわたしは自分の目で見て、自分が考えて、人の考えと違ってもぜんぜん怖くない。千人が千人、一万人が一万人左に行ってもわたしは嫌だったら右に歩いて行きたい。一回きりの人生の手綱を誰かにゆだねたり、取られたり、牛耳られたりするのはまっぴらなんです。

―311以降、木内さんは“開眼された”という事ですけど、それまでにこうした運動に関わりを持っていましたか

木内 何にもなかったです。デモなんかに行き交うと迷惑だなー嫌だなーうるさいなーちっとも素敵じゃない、逆効果じゃないかって思ってました。政治は汚い嫌なものだって思い込んでました。でも311以降そんなこと言っていたら自分の命に係わるって思ったんです。よくよく見てみたら、この国はでたらめで嘘ばっかりだぞ、新聞は嘘を書くし、NHKも嘘を言うし、多くの大人は全く本当のことを見てないっていうことに気が付いた。やっぱりこの国の一員なんだ、その一員としての権利も欲しいし、義務もちゃんと果たしたいと思いました。日本国民のひとりなんだと初めて自覚しました(笑)

従来のデモや運動のやり方に、ちょっぴり疑問を抱いた木内さん

木内 偶然そこにいるだけの人々に、私たちは正しいんだ、アンケートを書きなさい、署名をしなさいみたいな上から目線では人の心は動かない。今までの古いやり方に嫌悪がありました。だから違うやり方違うやり方って考えて探して試して。団体行動が苦手なのでどこにも属したくない。いつもいつもひとり行動です。誰にも強制されたくないし、したくない。選挙の応援でも自分で交通費や宿泊費用を払ってきたから、誰に何を言われても自分でいられます。

―脱原発を願って、候補者の応援演説に駆け付けた木内さんを待っていたのは、続く演説日に応援のない現実。木内さんはご自身の信念のために、なんと311以前はうるさいなあと思っていたその選挙カーにも乗る事に。そして選挙の敗北を受けての憂鬱。そんな思いを重ねて、この5年間、木内さんがブレずにいたのはどうしてでしょう。

木内 ほとんど絶望の連続だったのだけれど、でも、ふと気が付いたのです。素晴らしい方たちと知り合いになれてるって。友だちになれたんです。年も知名度もバックグラウンドも関係ない「友だち」に。人生は本当に短いし、出会える人も限られているのに、素晴らしい方たちと出会えた。これからもいいと思ったことはいいと思って動きたいし、誰にも評価されない、誰の目にも止まらなくてもいい。だってものすごく面白いもの。お金なんて役に立たないことが多い、有名の名前って効果には表も裏もある。もうね、大きな会社のものとか巨額のお金をかけて宣伝してるものとか、生理的に嫌いになっちゃった(笑)

―お金を使って宣伝しなきゃいけないようなものにはろくなものがないと思うようになった、そういうことからも、わたしはわたしの好きな生き方しかもうしない!ということにより研ぎ澄まされてきたこともありがたいと思うと言う木内さんが5年目を迎えて、これからしていきたいことは

木内 今つかんでいるものはもう絶対に離さないでいたい。ラジオも引き受けたいし、作文が好きだからコラムも書いていきたい。

―木内さんがブログに書いた11歳の少年との邂逅が素晴らしかった

木内 本人が特定されないように一生懸命書きました。わたしと過ごした二泊三日、ふざけてばかりでしたが、帰宅した後、彼は自分からデモ情報を調べ、デモに出かけたそうです。「アベ政治は許さない」ってあのスローガンを両手で突き出してる写真を見たときは涙出ちゃって311以降、変化に変化した少年の暮らし、彼なりに見聞きしてきたことへの怒りみたいなものがはじめてそこで抵抗という形になったんだと思います。誰かとわたしが出会ったことで何かが始まる、その人も変わるしわたしも変わる。そんなことが生きがいになってきました。

木内さんは誰だって、みんな好きに生きればいいと言う

木内 時々なんでそんなに一生懸命なの?って聞かれるんです。で、考えたら、わたしの自分の得じゃないから一生懸命できるんじゃないかと、自分のことだったら自分に自信がないからそんなに人にお勧めできない。自分のことならここまで一生懸命になれないと思う。だけどこうあって欲しいと思うことのためには一生懸命になれる。本当に腹が立ったり、悲しかったり、こんなものが通っていいんですかっていう怒りがある限りは一生懸命やれると思う。だからかデモに連れて行って言う人が現れたり、行動を起こし始める人が増えていく。経産省前で学生がハンストしていることを知った時、労いの言葉をかけたいとかけつけると、ベビーカーを伴うお母さんから「テレビに出ている方ですよね、どうしてここにいるんですか」と言われて、ありがとうぐらい伝えたかったというと、わたしも不安でしょうがないから来たと言う。そんな小さな出来事がきっかけで彼女の中で何かが変わった。その後、できる範囲でデモや集会に行ったりしていますと連絡がありました。あの時の数分間、お互いがお互いを励まし合った、たったそれだけのことなんだけれど、こういう小さいことって実は大きいんだと思うんです。確実につながっているって実感できる。

―いかに生きていくかも大事だけど、いかに死んでいくかもけっこう難しい時代にいると言う木内さん。15年後どうやって死んでいくかがいちばん大きなテーマだと言う

木内 広河隆一さんの「人間の戦場」という映画を見て、本当に素晴らしいと思った。広河さんが絶望しないでやってるんだからわたしが絶望してどうする!って。

広河さんの映画の話が出たので、3月にベルリンで行われるプロティスティバルでも広河隆一さんと樋口健二さんの写真展を企画していること、メンバーが展示にかかる経費の事で奔走中(12月当時)だが、必ずやりますと言うと、木内さんが突然「1万円寄付する!」と明るく寄付を申し出てくださった。その場で笑顔でお財布から1万円を出す木内さん。「写真はとにかく力がある、やっていただきたい!広河さんは本当に素晴らしい!」と真っ直ぐな瞳で木内さん。わ、すごいものをもらってしまった!

木内 広河さんが映画の中でおっしゃっているけど、DAYS JAPANの編集長を降りられた。理由は健康問題で、発作があったら3時間半以内に病院に行けるところにいないといけないと言われた。編集長は机と椅子があればどこにいてもできるけど、ジャーナリストはそうはいかない、両方は無理、彼はジャーナリストを続けたいと思った。そこで誰かやってくれと手を挙げてもらって、手を挙げた人をみんなで選挙で選んだ。それで入社1年目の女性に決まったんです。画期的でしょう。

―ここまで一気に聞いて、思わず、ちょー民主主義!と合いの手、うなってしまった

広河氏はもう新しいテーマで撮影に入っているそう。日本では時の権力に逆らってきた無名の方がたくさんいる。そういう人を訪ね歩いて掘り起こしたいと撮影旅行に出ている。自分に残された時間でやりたいことをやってる。わたしもこの道に行こう!と思ったと活発な木内さん。

私は木内さんのブログが始まって以来一読者でもあるのだが、新聞などでも必ず一般のコメントを読む癖があり、SNSなどでみどりさんに寄せられる読者のコメントもよく読む。木内さんの何気ない一言が人の心に響くのだ。木内さんはとにかく正直で裏表のない人、やりたくないことはしない、ありのままを思うままに書いている。書かれたことはぜんぶ本気だ。それがおのずとみんなの深いところに伝わるのだと思う。

©Tsukasa Yajima
©Tsukasa Yajima

昨年のベルリンのかざぐるまデモで先頭を歩いた木内さんにいただいた経産省前テントとおそろいの”福島を忘れない!”の旗で、脱原発の輪がまたひとつつながった。

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木内みどり(きうち みどり、1950年9月25日‐):日本の女優。’65年劇団四季に入団。初主演ドラマ「日本の幸福」(’67/NTV)から多数出演。映画は、三島由紀夫原作『潮騒』(’71/森谷司郎)、『死の棘』(’90/小栗康平)、『大病人』 (’93/伊丹十三)、『陽だまりの彼女』(’14/三木孝浩)、『0.5ミリ』(’14/安藤桃子)など。3・11以降、脱原発集会の司会などを引き受け積極的に活動。マガジン9で「木内みどりの発熱中」を不定期連載中。

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補足:
広河隆一:(1943年9月5日 -) 日本のフォトジャーナリスト。戦場カメラマン。2004年、廃刊になった報道写真誌「DAYS JAPAN」を再刊以来、最近まで編集長を務めた。
12月19日より全国順次公開上映中、長谷川三郎氏が監督し、広河隆一氏を追ったドキュメンタリー映画「人間の戦場」公式サイトhttp://www.ningen-no-senjyo.com/

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Protestival 2016

Protestival 2016 Nuclear, Democracy and Beyond

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期間:2016年3月11(金) – 2016年4月26日(日)

今年2016年、福島原発事故は5周年、チェルノブイリ原発事故は30周年を迎えます。

Sayonara Nukes Berlin は、この二つの事故日である3月11日から4月26日までの7週間の間、「核エネルギーと民主主義」というテーマをめぐる各種のイベント -Protestival-を行なうことにしました。

福島とチェルノブイリの原発事故は決して過去の出来事ではなく、いつどこでまた同じような過酷事故が発生してもおかしくありません。私たちは、この二つの節目を機会に、あらためて核エネルギーの危険、世界中で核技術をめぐり日常で行なわれている差別、人権蹂躙の構造をもう一度思い起こし、市民に訴えていきたいと思います。

私たちが住んでいるドイツでは脱原発が決定しているとはいえ、いまだに8基の原子炉が稼動しています。世界中の原子炉が全基停止するまでは、地球上の放射性廃棄物は増える一方で、その処分方法がいまだに解決されていないばかりではなく、何十万年、百万年という信じられない時間の単位であらゆる生命を脅かし続けるのです。フクシマは日本だけの問題ではありません。チェルノブイリはウクライナの問題だけではありません。これは、すべて地球に生きる私たち一人一人の問題であり、脅威です。そのことを一緒に考えていくために、私たちはProtestivalを企画しました。一つ一つの催し物を通して、私たちはどのように生きたいか、どのような地球を子どもたちに遺したいか、そしてそれを実現するためにどのように社会参加が可能なのか、もう一度考える機会をもちたいと思います。

アート、音楽、パフォーマンス&パネルディスカッション、映画上映、写真展、そして毎年恒例のかざぐるまデモなど。

ぜひご参加ください。

詳細はこちら>> www.protestival.de

 

SNB2016-fin

 

No nukes, clean energy