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安全保障と経済成長のためのエネルギー転換(脱原発)

ここ数日でいくつかの面白い記事や本を読みました.そのうちエネルギー政策のもので面白かったものを1つ紹介したいと思います.

ふくもとまさお,ドイツ・メルケル政権の脱原発の現状,月間「社会主義」12月号

以下はこの記事を読みながら私が考えたことです.

福島第一事故と世界の脱原発を考えた時,事故の起きた国の首相の菅氏と比べられることがあるのがドイツのメルケル氏です.当時メルケル氏が脱原発を決定し,それを世界にアピールする中,菅氏にはそれができなかったというふうに私は単純に思っていました.当時,メルケル氏が作った委員会の名前は,「エネルギー安定供給のための倫理委員会」[1] と言います.私の印象としては最後の「倫理委員会」が一人歩きして,まるでドイツは倫理や道徳で原発を止めたように思っていました.つまり,メルケル氏は福島から学んで倫理から脱原発をし,菅氏はできなかった.私はこう誤解していました.しかし話はそう簡単ではなかったのです.誤解を恐れずに言ってしまえば,「安全や倫理だけで原発を止めたわけではない」のです.この委員会には原発という文字が入っていないことにも注意がいると思います.「脱原発のための倫理委員会」でもなかったのです.反原発の記事の中には,この決断からメルケル氏はすごい,というものもありますが,逆に,いや,日本とドイツは違うから参考にならない,だから日本では脱原発は無理だという論調もみかけます.しかしそれは表面的です.ドイツにも当然利権の問題はありますし,メルケル氏は20年前には原発推進派でした.2011年のこの決断だけを見て判断するのは早計にすぎることをこの記事は教えてくれます.

メルケル氏はもともとは原発の推進派で1997年には原子力発電所の安全規制を緩める法律を作成しました.しかし,翌年の選挙で社会党と緑の党の政権となり,この法律は撤回されました.その後,ドイツの脱原発は2000年頃に決定されました.その計画の延長などの紆余曲折はありました.しかし,2011年のメルケル氏の決断はその計画を多少前倒しにしたにすぎず,基本的な計画の変更はないのです.実際のこの政策の原動力として,もちろん大きな市民の努力はありましたが,コストと安全保障と経済成長の戦略の一部であることが書かれています.簡単に言いすぎかもしれませんが,安全保障と国際権力と金のためには原発が邪魔だっただけなのです.

まずは安全保障です.どうして発電方法が安全保障に関係するのでしょうか? たとえば石油です.石油の輸入に頼る国では石油の輸送の安全や産油国の影響を受けます.輸送路の安全を確保するためには軍隊も負担しなくてはいけないのかということになることもあります.しかしもし,エネルギーを自分達の国の中で作れたらどうでしょうか? 自分の生活の基盤を他の国の資源にほとんど頼ってしまうと,世界のどこかで紛争が起きたらその度に戦争に巻き込まれてしまうかもしれません.それは国内でコントロールがきかないという意味で,国の安全としてはあまり良いことではありません.ではウランはどうでしょうか.石油と同じくウランを産出する国は限られています.ですからウランも石油と同じ問題があります.そして石油もウランも限られた枯渇する資源ですから,いつかは足りなくなって値段が上がり,そこでまた争いが起こるかもしれません.近年,ガスのパイプラインが政治に利用されることがありました.「あんまり私達の言うことに耳を貸さないのなら,ガスの通りが悪くなるかもしれない」という事件も起きました.国民の生活が海外の政治圧力におびやかされてしまう.自分達の生活を自分達でどうにかすることができない.国民生活の安全保障の問題です.だからと言ってその度に軍事力でどうにかしようというのもとても高くつきますし,命が失なわれます.誰かの生活を守るために誰かが死ななくてはならない世界を未来として考えていくのは時代後れのように私は思います.

エネルギーの独立性に対して,かつて世界で注目された技術の1つが高速増殖炉でした.もしこれができたら安全性はともかく,エネルギーの生産は国内でできそうです.しかし,あまりにも難しい.アメリカ,ドイツなど撤退する国があいつぎ,今は4ヶ国しか残っていません.今でも実用化はまだまだというのが現状です.

いくつかの国は他の方法を考えました.自然エネルギーもその1つです.太陽,風,バイオマス,地熱,水力,などなどです.これらのエネルギーは比較的地球上のどこでも入手できます.つまり,自然エネルギーの利用は,エネルギーの問題で他の国の戦いにまきこまれにくくなります.安全保障を守りやすくなります.また,戦争やテロを考えると原子力発電所は攻撃目標になった時には危険なものですが,太陽電池パネルや風力発電は原子力発電所に比べれば危険さは少ないです.これが理由で新規の原発を作るべきではないとしている国もあります.[2]

そこに経済成長戦略が持ちこまれました.しかし成長戦略と自然エネルギーの関係もすぐには見えません.特に,自然エネルギーは集中して大量生産することに向きません.ですからそれぞれの土地で作らなくてはいけません.それは集中型のトップダウンの方式には合いません.集中型のトップダウンの方式では誰かが集中的に作ってそれを分けることになります.これはお金を集中させることで効率良くできる利点がありますが,しっかりと社会が監視しないと「あんまり私達の利益を考えないのなら,電気が止まってしまうかもしれないよ」と言われる危険性があります.集中方式は誰か特定の人が利益を得る仕組みを作りやすいのです.かつての産業はお金を集中させて道路や鉄道という生活の基盤を作って都市に人を集中させて効率を上げました.自然エネルギーは集中が難しいので,そういうモデルには合いません.だから上手くいかないのだという考えがあります.

しかし,それでは地方はさびれる一方です.お金はどんどん大都市に集中してしまいます.地方を活性化させるのはどうするのでしょうか.かつての集中方式は当然働きません.集中方式はどこかへの集中をモデルとしているから,分散した地方に適用しても無理があります.田舎が東京のまねをしても,東京にはなれません.分散化の方法はないのかと考えてみると,自然エネルギーがそうではありませんか.都会は集中をすればいい.自然エネルギーは地方の経済発展に使おう.という適材適所の考えがでてきます.分散しなくてはいけない自然エネルギーは,集中型ではないという不利さを持つという考えから,分散型を利点として使うという考えの転換があります.集中させられないから,適切に発展させることで分散した地方の雇用へとも結びつけるという考えがでてきました.ドイツは連邦制をとっていて,地方の分権が強いという背景もあります.この考えで政府と産業界が話しあってエネルギーの転換がすすめられました.エネルギーの転換によって産業界にもお金が行くような方策が考えられました.だから2011年にメルケル氏が突然脱原発を決めたわけではないのです.脱原発は既に10年以上行なわれた計画で,今回の早くなった計画でも2022年までかかるものです.そういう意味ではドイツの決断は 2011 年に一朝一夕でできたものという考えは誤解と言えるでしょう.

ドイツでは脱原発とは言いません.「エネルギーの転換(Energiewende)」です.なぜなら,脱原発は目的ではないからです.ドイツでは脱原発というのは単なる副作用で起きたことです.「安全とか倫理だけで原発を止めたわけではない」のです.国の独立を守り,国の安全を守り,産業界を潤し,経済を成長させること.そこででてきた戦略が「エネルギーの転換」です.たまたまその戦略では石油とウランへの依存が邪魔でした.脱原発はおまけだったのです.

石油やウランを生産する国の問題で自分の国民の生活がおびやかされないようにすること.地方の経済を含めて経済を活性化させる成長戦略,そしてこれ以上の原発の安全のコストや核廃棄物の負担のコストという経済の足をひっぱる部分から抜けでること.長期的には枯渇してしまうものへの依存をなくす.それがエネルギー転換の一面です.ですから脱原発だけではありません.石油と石炭への依存からの脱却もその中に含まれます.その時に電気を使わないようにして,国民の生活の質を落とすという選択はありませんでした.最初の2011年の脱原発を決めたという委員会の名前に戻りましょう.「エネルギー安定供給のための倫理委員会」です.これを脱原発が主だとみてしまうと意味が通りませんが,将来的な安全保障と経済成長の一環とみれば妥当な委員会名ではないでしょうか.

ここで紹介した記事は紆余曲折がありながら,ドイツではどうして脱原発ができたかのということが解説されています.私の理解では,ドイツで起こったのは「脱原発ではなく,エネルギー転換だった」ということ.そして結局は「脱原発は国としての独立性を強め,安全保障を高め,国富を増やす方法」として行なわれたということです.これが良いのかどうかの議論はまた別の機会にゆずりますが,少なくとも福島の教訓を学んだとか,倫理であったというのはほんの一面でしかないことはうかがえます.

私は,地産地消になる自然エネルギーは特定のエネルギーの輸出国や,国際的なマネーの変動の影響を受けにくいという意味で成長戦略と安全保障に有利という点を考えたことがありませんでした.ドイツでは,安全を求める市民による自然エネルギーへの投資額が大きいという市民の力も1つの柱で無視できないものですが,もしかしたらそれだけでは脱原発にはならなかったかもしれません.これに加え,国家の成長戦略と安全保障を追求した結果,エネルギー転換を行なったことを考慮した方が良いと思います.機会があったらぜひ読まれることをおすすめします.

  1. Wikipedia de, エネルギー安定供給のための倫理委員会, https://de.wikipedia.org/wiki/Ethikkommission_f%C3%BCr_eine_sichere_Energieversorgung
  2. Amory Lovins, A 40-year plan for energy, TEDSalon NY2012, http://www.ted.com/talks/amory_lovins_a_50_year_plan_for_energy

インドへの原発輸出

KIKIのコラム第2回目は、私たちが環境フェスティバルでも取り上げていた、インドへの原発輸出について。

この5月の終わりに、インドのシン首相が日本を訪問しました。その際に、日本がインドに原発を売るための交渉が進むだろういうことで、事前に日本の反原発団体は抗議を示していました。このアクションに賛同してもらえないかという要請があり、Sayonara Nukes Berlinも229の団体とともに安倍首相とシン首相に宛てた要望書に名を連ねました。

少々長いので、この記事の終わりに安倍首相に宛てた要望書を載せておきます。インドにおける原子力の背景も分かりやすくまとめてあるので、ぜひ読んでみてください。

原発のない社会を望む私たちにとって、日本であろうが、インドであろうが、新しい原発を建てるというのは言語道断。ましてや、フクシマを経験し、原子力の恐ろしさを身をもって知っているはずの日本人がその技術を海外に売るというのは、とうてい受け入れられるものではありません。 続きを読む インドへの原発輸出